スマートフォン解析

丙午(ひのえうま)とは? どんな意味があるのでしょうか? 

振袖

あなたは「丙午(ひのえうま)」というものを知っていますか? 以前に比べれば、耳にすることも少なくなっていますが、いまだに強く意識している人がいるのも事実です。

今回は、この丙午についてみていくことにしましょう。

 

スポンサーリンク

 

丙午とは?

そもそも、丙午とは何か、その意味から確認していきましょう。

 

丙午の意味

丙午(ひのえうま)は、60の干支(かんし、えと)のうちの一つです。下の表の60種類をに当てはめて使用するので、60年に一度「丙午の年」が訪れることになります。

※西暦の年を60で割って46余る年が丙午の年となります。

甲子 乙丑 丙寅  丁卯 戊辰 己巳 庚午 辛未 壬申 癸酉
甲戌 乙亥 丙子  丁丑 戊寅 己卯 庚辰 辛巳 壬午 癸未
甲申 乙酉 丙戌  丁亥 戊子 己丑 庚寅 辛卯 壬辰 癸巳
甲午 乙未 丙申 丁酉 戊戌 己亥 庚子 辛丑 壬寅 癸卯
甲辰 乙巳 丙午 丁未 戊申 己酉 庚戌  辛亥 壬子 癸丑
甲寅 乙卯 丙辰 丁巳 戊午 己未 庚申 辛酉 壬戌 癸亥

なお、「甲・乙・・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類を十干(じっかん)、「子・丑・寅・卯・辰・巳・・未・申・酉・戌・亥」の12種類を十二支(じゅうにし)と呼んでいます。

この十干と十二支を組み合わせたものが干支です。

なお五行思想によれば、十干の「「丁」と十二支の「「巳」は、いずれもに該当します。

五行思想とは、万物は木・火・土・金・水の5つの元素から成り立っているとするもので、五行説(ごぎょうせつ)ともいわれます。

 

スポンサーリンク

 

 

丙午の女性

それでは、なぜ丙午が問題となるのでしょうか? それは、次のような迷信があるからです。

丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の命を縮める

この迷信は、江戸時代初期の「丙午の年には火事が多い」というものが変化したものです。その変化の要因として挙げられるのが八百屋お七の存在であり、お七が丙午(1666年)の生まれとされたことに由来します。

 

【八百屋お七の物語】

天和2(1683年)の天和の大火(てんなのたいか)でお七の家は焼けてしまったため、お七は親とともに寺へ避難しました。
その避難生活のうちに、お七は寺小姓の庄之介と恋仲になりました。
やがて店が建て直されて寺を引き払いましたが、お七の庄之介への想いは一層強くなりました。
お七は、もう一度家が燃えてしまえば、再び庄之介がいる寺で暮らせると考えました。
お七はついに、庄之介に会いたい一心で家に放火しました。
火はすぐに消し止められましたが、お七は放火の罪で捕えられました。
放火は重罪であり、お七は市中引き回しの上、火あぶりに処されました。

八百屋お七の物語は、井原西鶴(いはら さいかく)の『好色五人女(こうしょくごにんおんな)-恋草からげし八百屋物語』をはじめとして、文芸作品、歌舞伎、浄瑠璃、文楽、落語などに取り上げられました。

しかし、お七という少女による放火事件は事実として確認できるものの、お七の生まれた年を確定する史料もないため、現在ではお七の丙午生まれに疑義が持たれています

 

パステルピンクの桜

 

 

丙午の迷信の影響

江戸時代に生まれた丙午の迷信はその後も生き続け、明治、大正、昭和、そして平成の現在にも影響がみられます。

 

【1906年(明治39年)の丙午】

この年には、前年より出生数が約4%減少しました。そして、1906年生まれの女性が結婚適齢期となる大正時代の末頃から、縁談が破談となった女性の自殺が相次いで報道されました。つまり、丙午生まれの女性の迷信は、結婚に大きな影響を及ぼしていたのです。

 

【1966年(昭和41年)の丙午】

この年には、前年に比べて出生率が25%減少しました。これは、子供をもうけるのを回避したり、地方や農村部を中心に妊娠中絶が多く行われたためといわれています。また、丙午の年の出生届の操作は相当数に上ると推測されます。

丙午の迷信は、女性の結婚に対してのみならず、子供の出生にまで影響を及ぼしているのです。

 

【2026年の丙午】

迷信は、「合理的な根拠はないが、人々に信じられていること」、「社会生活上で実害があるような俗信」などといわれますが、この丙午の迷信は社会生活に実害を及ぼす最たるものということができるでしょう。

「丙午の迷信追放」の運動や「丙午の迷信には根拠がない」ことを広報する取り組みも、現在行われています。

次の丙午は2026年ですが、今後この迷信の実害が払拭されることを願うばかりです。

 

青空と桜

 

 

まとめ

  • 丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信が、江戸時代から現在まで生き続けています。
  • この迷信には、八百屋お七が丙午(1666年)の生まれとされたことに大きな影響を受けています。
  • また、この迷信は出生率の減少を招いたり、丙午生まれの女性の結婚に大きな影響を及ぼしてきました。
  • [関連項目] ⇒ 日本の迷信 【一覧】

 

スポンサーリンク

 


サブコンテンツ

このページの先頭へ

Translate »