芥川龍之介の短歌 20選 -浪漫-
芥川龍之介の小説に対して、私はとても理知的な文芸作品という印象を持っています。ですから、短歌にしても平安期をイメージさせるような「和歌」らしいものだろうと思っていました。
しかし、初めて芥川の短歌を読んだときには非常に驚きました。というのは、予想に反してロマンチックな恋の歌がとても多かったからです。
このページには、芥川龍之介の短歌の中から恋に関するものを中心に集めてみました。恋のせつなさ、悲しさが感じられるものばかりですので、是非一度チェックしてみて下さい。
目次
- 1 芥川龍之介の短歌について
- 2 芥川龍之介の短歌 20選
- 2.1 幾山河 さすらふよりもかなしきは 都大路をひとり行くこと
- 2.2 うかれ女の うすき恋よりかきつばた うす紫に匂ひそめけむ
- 2.3 美しき 人妻あらむかくてあゝ わが世かなしくなりまさるらむ
- 2.4 片恋の わが世さみしくヒヤシンス うすむらさきににほひそめけり
- 2.5 かなしみは 君がしめたる其宵の 印度更紗の帯よりや来し
- 2.6 刈麦の にほひに雲もうす黄なる 野薔薇のかげの夏の日の恋
- 2.7 君をみて いくとせかへしかくてまた 桐の花さく日とはなりける
- 2.8 恋すれば うら若ければかばかりに 薔薇の香にもなみだするらむ
- 2.9 香料を ふりそゝぎたるふし床より 恋の柩にしくものはなし
- 2.10 五月来ぬ わすれな草もわが恋も 今しほのかににほひづるらむ
- 2.11 荘厳の 光の下にまどろめる 女人の乳こそくろみたりしか
- 2.12 すがれたる 薔薇をまきておくるこそ ふさはしからむ恋の逮夜は
- 2.13 其夜より 娼婦の如くなまめける 人となりしをいとふのみかは
- 2.14 なやましく 春は暮れゆく踊り子の 金紗の裾に春は暮れゆく
- 2.15 初恋の うすら明りにしのびくる 黒髪の子のありと知らずや
- 2.16 初夏の 都大路の夕あかり ふたゝび君とゆくよしもがな
- 2.17 人妻の 中の一人に君をもし 數ふ可き日のありと知れども
- 2.18 病室の まどにかひたる紅き鳥 しきりになきて君おもはする
- 2.19 広重の ふるき版画のてざはりも わすれがたかり君とみればか
- 2.20 二日月 君が小指の爪よりも ほのかにさすはあはれなるかな
芥川龍之介の短歌について
芥川龍之介が創作した短歌を 20首を選び、先頭の文字の五十音順に並べました。いずれもが浪漫的な恋の短歌ですので、是非鑑賞してみて下さい。
芥川龍之介の短歌 20選
幾山河 さすらふよりもかなしきは 都大路をひとり行くこと
【歌集】客中恋
【補足】芥川とほぼ同時代を生きた歌人・若山牧水(わかやま ぼくすい)の次の歌が思い起こされます。
幾山河 越えさり行かば寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく
うかれ女の うすき恋よりかきつばた うす紫に匂ひそめけむ
【歌集】紫天鵞絨(むらさきビロード)
美しき 人妻あらむかくてあゝ わが世かなしくなりまさるらむ
片恋の わが世さみしくヒヤシンス うすむらさきににほひそめけり
【歌集】紫天鵞絨
かなしみは 君がしめたる其宵の 印度更紗の帯よりや来し
【歌集】客中恋
【補足】更紗(さらさ)とは、木綿の生地にの文様(もんよう)を染めた製品のことをいいます。産地によって、印度(いんど)更紗、ペルシャ更紗、シャム更紗などと呼び分けます。
刈麦の にほひに雲もうす黄なる 野薔薇のかげの夏の日の恋
【歌集】紫天鵞絨
【補足】「薔薇」の読みは「しょうび、そうび」で、植物のバラのことです。原文には「さうび」と読み仮名が振られています。
君をみて いくとせかへしかくてまた 桐の花さく日とはなりける
【歌集】桐
恋すれば うら若ければかばかりに 薔薇の香にもなみだするらむ
【歌集】紫天鵞絨
香料を ふりそゝぎたるふし床より 恋の柩にしくものはなし
【歌集】薔薇
【補足】「柩」の読みは「ひつぎ」です。
五月来ぬ わすれな草もわが恋も 今しほのかににほひづるらむ
【歌集】紫天鵞絨
荘厳の 光の下にまどろめる 女人の乳こそくろみたりしか
【歌集】砂上遅日
すがれたる 薔薇をまきておくるこそ ふさはしからむ恋の逮夜は
【歌集】薔薇
【補足】逮夜(たいや)とは葬儀、忌日(きじつ)の前夜のことで、「大夜」「宿夜」と同義です。
其夜より 娼婦の如くなまめける 人となりしをいとふのみかは
【歌集】薔薇
なやましく 春は暮れゆく踊り子の 金紗の裾に春は暮れゆく
【歌集】紫天鵞絨
【補足】金紗(きんしゃ)とは絹織物の種類のことで、特に金糸(きんし)を織り込んだものをいいます。
初恋の うすら明りにしのびくる 黒髪の子のありと知らずや
初夏の 都大路の夕あかり ふたゝび君とゆくよしもがな
【歌集】客中恋
人妻の 中の一人に君をもし 數ふ可き日のありと知れども
【補足】「數ふ」の読みは「かぞう(=数える)」です。
病室の まどにかひたる紅き鳥 しきりになきて君おもはする
【歌集】桐
広重の ふるき版画のてざはりも わすれがたかり君とみればか
【歌集】桐
【補足】広重(ひろしげ=安藤広重=歌川広重)は江戸時代末の浮世絵師(うきよえし)です。
二日月 君が小指の爪よりも ほのかにさすはあはれなるかな
【歌集】客中恋
【補足】二日月(ふつかづき)とは、旧暦 8月2日の晩の月のことをいいます。