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江戸時代の言葉は今とあまり変わらない? 【会話の例】あり〼

江戸の町のジオラマ

江戸時代に使われていた言葉、特に「話し言葉」はどのようなものだったのでしょうか。

今から 1000年ほど昔の平安時代の言葉となると、現代の私たちが何の抵抗もなく理解するというのは難しいかもしれません。

しかし、江戸時代の後期の頃の言葉であれば、比較的わかりやすいと感じられることが多いものです。ただし、時代劇などで耳にするような会話は現代風にアレンジされているので、実際に使われていた言葉そのものとは違うはずです。

そこで、このページでは江戸時代の後期に交わされていた会話が口語体で記されている文芸作品を参考にして、当時の言葉遣いに触れてみることにしましょう。

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江戸時代の言葉遣いはどんなもの?

江戸時代の言葉遣い(使い)を探るために、まずは具体的な会話の例をみてみましょう。

【江戸時代の会話の例 1】

[6~8才くらいの女の子が 4、5人で「おとなりごと(御隣事=お隣ごっこ)」をしていますが、取り決めた「おかみさん」の順番をめぐって争い始めました]


春:オヤオヤオヤオヤ、さうじやァないよ。先刻(さっき)の極(きめ)じやァ、私がおかみさんな筈(はず)だよ。わたしはそれぢやァ否(いや)。お前とは遊ばないよ。

お冬:アア、純(よ)いよ。お前がお遊びでなくても純い。ねへ、おにくさん。

おにく:アア純いのさ。根(ねっ)から困らねえネエ。

お夏:お春さん、堪忍してお遊びナ、お三どんに成つたつて、皆(みんな)が代り番事(ばんこ)だから純いわな。又後でおかみさんにお成りな。

春:わつちは否ね。おにくさんや、お冬さんがあんな事をお云ひだものを。

お冬:わたくしが何(なん)と申しました。

春:いまお云ひぢやァないか。

おにく:純いわな。打遣(うつちや)つてお置き。あんな者にお構ひでない。

春:そんなら、今しがた上げた物をお返し。

おにく:アア、返すよ。こんな穢(きたな)いものは入(い)らないよ。

春:お冬さんも先刻の物をお返し。

お冬:アイ、三味線の糸屑なんぞを何にするもんか。ねへ、おにくさん。

春:よいのさ。今度から何を呉(くれ)ろとお云ひでも、やりやァし無えからいい。


 式亭三馬(しきていさんば) 著 『浮世風呂(うきよぶろ)』より

江戸時代の庶民の生活の模型

『浮世風呂』は江戸時代後期の文化 6~10年(1809~1813年)に刊行された滑稽本(こっけいぼん)で、当時の庶民生活や話し言葉を研究するための貴重な史料となっています。

また、式亭三馬は江戸の作家であったので、数多く残した洒落本、滑稽本、草双紙の言葉は江戸の庶民が使っていたものです。

この会話の例をみると、言い回しの細かい部分に多少の違和感を感じるものの、現代の言葉遣いとあまり違いはないといえるでしょう。むしろ、200年ほどの時を経ても言葉は大きく変化していないことに驚きます。

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上方言葉と江戸言葉

もう一つ会話の例をみてみましょう。

【江戸時代の会話の例 2】

[女風呂で「上方すじ(上方方面の人)」と「お山さん(江戸っ子)」が、互いの言葉遣いについて会話をしています]


上方:ぜへろく(贅六/才六)とは何(なん)の事(こっ)ちやェ。

お山:さいろくト。

上方:さいろくとは何の事ちやェ。

お山:知れずばいいわな。

上方:へへ、関東(くわんと)べいが。さいろくをぜへろくと、けたいな詞(ことば)づきぢやなァ。お慮外(りょぐわい)も、おりよげへ。観音(くわんおん)さまも、かんのんさま。何の事ちやろうな。然(さ)うだから、斯(か)うだからと、あのまァ、からとは何ぢやェ。

お山:「から」だから、「から」さ。故(ゆゑ)という事よ。そして又、上方の「さかい」とは何だへ。

上方:「さかい」とはな、物の境目ぢやハ。物の限る所が境じやによつて、然うぢやさかいに、斯うした境と云ふのじやわいな。

お山:そんなら云はふかへ。江戸詞(えどことば)の「から」を笑ひなはるが、百人一首(ひゃくにんし)の歌に何とあるエ。

上方:ソレソレ……


 式亭三馬(しきていさんば) 著 『浮世風呂(うきよぶろ)』より

この後は、百人一首の文屋康秀(ふんやのやすひで)の和歌や万葉集を引き合いに出しての会話が続き、風呂での庶民の会話ながら教養の深さが感じられる内容となっています。

百人一首の札

この会話は大人同士のものなので、使われている単語も多少は難しいようにも感じられるかもしれません。

しかし、語尾が独特ではあるものの、前出の子供たちの会話と同様に、現代の言葉遣いとまったく違うものではありませんし、意味がさっぱりわからないということもありません。

興味を引かれるのは、当時の人々もやはり上方と江戸での言葉使い(発音)に違いに違和感を感じていたことです。それぞれで代表的な「から」と「さかい」について言い合うところが何とも面白い会話です。

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江戸時代の廓詞

江戸時代の言葉として知られているものに、「ありんす」で代表される廓詞(くるわことば)があります。

廓詞は、江戸時代の新吉原などの遊郭で遊女が使っていた言葉で、花魁詞(おいらんことば)、里詞(さとことば)、ありんす詞(ことば)などともいわれました。

「ありんす」とは「あります」の発音が変化したもので、新吉原の遊女が用いていました。「なんだか、ご法事にあふやうでありんす(恋川春町『無益委記(むだいき)』)」などのように使われていました。

なお、遊郭の吉原は明暦3年(1657年)に江戸日本橋から日本堤へ移転していて、それぞれ元吉原(もとよしわら)、新吉原(しんよしわら)と呼ばれていました。

花魁と禿の人形

江戸の吉原で使われていた廓詞については、江戸時代の中期に庄司勝富が著した『北女閭起原(ほくじょりょきげん)』に次のような記載があります。

ここなる里言葉は、如何なる遠国より来れる女にても、この詞を使ふ時は鄙の訛抜けて、古くより居慣れたる遊女と同じ様に聞ゆるなり。さればこの意味を考へていひ習はせしことなりとぞ


【私訳】ここで使われた里言葉は、どんなに遠い国(土地)から来た女であっても、この言葉を使うときは田舎(いなか)の訛(なまり)が抜けて、古くから居るような遊女(の言葉)と同じように聞こえる。だから、このような意味合いから(里言葉を)使わせるようになったということだ。

具体的に、廓詞とはどのようなものだったのかをみてみましょう。

【江戸時代の廓詞の例】

○ 何(なに)かしれぬ事ばつかり、おつしゐんすから、あいさつがしにくう御ざりんす。

○ なんさ、それハ。およしなんし。

○ わッちを見て なせ(何故)にげ(逃げ)なんすへ

○ おかさんに、おゐらんで、おッしやりんす。ひるほどハ、ゆるりと、おめにかヽりんして、おうれしう、おざんす。

○ それにつゐて、おはなしが御座りんす。さッきね、平(ひら)さんのおッしやりんすに、よ。


田舎老人多田爺(いなかろうじんただのじじい)著 『遊子方言(ゆうしほうげん)』より

『遊子方言』は『浮世風呂』よりも古く、明和7年(1770年)に刊行された洒落本です。

かなり独特な言葉のような印象を受けるかもしれませんが、「ん」音への音便( =撥音便:はつおんびん)として捉えれば難しいことはありません。

具体的には、原文の「ん」を「ま」に読み替えれば、ほとんどのものが容易に理解できてしまいます。

おつしゐ
から
おっしゃい
から
御ざり 御ざり
およしな およしな
にげな 逃げな(さい)
おめに
かヽりして
おめに
かかりして

ただし、元吉原の時代(遊郭の設置が幕府に許可されたのは 1617年)に使われていたとされる廓詞となると、『浮世風呂』の時代から 200年ほどさらに遡るので、少し様子が違っていたようです。

古い廓詞 意味
いつてこよ 行つてくる
けちなこと 悪いこと
こうしろ さうせよ
こそつばい こそばゆい
はやくうつぱしろ 急げ
むしがいたい 腹が痛い
よんできろ 呼んでこい

 

江戸時代の言葉は現代でも通じる?

いくつかの例でみてきたように、江戸時代に使われていた言葉といっても、現代のものと大きく違わないことが確認できました。

そこで考えておきたいのが、よく想定される次のような問題です。

江戸時代の人と現代の人が話をしたら、会話が成立するか?

それぞれの時代の人でなければ知らないようなことは別としても、意外に会話が難しいのではないかと私は考えています。その理由としては、発音、アクセント、イントネーションの問題があるからです。

最初の子供たちの会話の例でも、文章を読んだ場合には何の苦労もなく理解できてしまいます。しかし、これが当時の人が発した言葉として耳から入って来たとしたらどうでしょうか。

現代でも、20年もすればアクセントやイントネーションは大きく変化してしまいます。これを 200年という年月も考慮すると、ほとんど変わることなく保たれているとは考えにくいのではないでしょうか。

当時の音声などは残されていないので、こればかりは文献から追及していこうとしても限界となってまうのです。

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