北原白秋の短歌 100選 -きたはらはくしゅう-
「あめあめふれふれ かあさんが… (あめふり)」や「雪のふる夜は たのしいペチカ… (ペチカ)」などの童謡で有名な北原白秋(きたはら はくしゅう)は、 童謡以外の詩、短歌、校歌、新民謡などの分野でも多くの作品を残しています。
このページには、白秋の短歌の中から100首を集めました。日本の自然の素晴らしさを感じさせてくれるものばかりですので、是非これらをチェックしてみて下さい。
目次
- 1 北原白秋の短歌 100
- 1.1 青玉のしだれ 花火のちりかかり消ゆる 途上を君よいそがむ
- 1.2 青丹よし 奈良の都の藤若葉 けふ新たなり我は空行く
- 1.3 あかつきの 雪に寂しくきらめくは 木木に囀る雀があたま
- 1.4 秋の色 いまか極まる聲もなき 人豆のごと橋わたる見ゆ
- 1.5 秋の夜は 前の書棚の素硝子に 煙草火赤しが映るなり
- 1.6 秋ゆふべ たぎつ瀬の音のこもり音の きけばきこゆるこの日和かも
- 1.7 朝に聴きて 夕に言問うふ山川の 音のたぎちよ聴かずなりなむ
- 1.8 朝山は 風しげけれや夏鳥の 百鳥のこゑの飛びみだれつつ
- 1.9 雨ふくむ 春の月夜の薄雲は 薔薇いろなせどまだ寒く見ゆ
- 1.10 嵐ふく 富士の真木原夏まけて 百鳥のきそふ声は騰れり
- 1.11 石崖に 子ども七人腰かけて 河豚を釣り居り夕焼小焼
- 1.12 石庭に 冬の日のさしあらはなり まだ凍みきらぬ青苔のいろ
- 1.13 いつしかに 夏のあはれとなりにけり 乾草小屋の桃色の月
- 1.14 一心に 遊ぶ子どもの聲すなり 赤きとまやの秋の夕ぐれ
- 1.15 うすうすと 朝日さし来る椎の根に 心寄せつつ冬はこもれり
- 1.16 うたたねの 夢に顕ち来しおもかげは 山女魚にかあらし秋の水の音
- 1.17 雲仙の 山を眺むる朝霞 ここに学びて童なりにし
- 1.18 大きなる まんまろき円ひとつかき ひとり眺めてありにけり昼
- 1.19 大空に 何も無ければ入道雲 むくりむくりと湧きにけるかも
- 1.20 驚きて わが身も光るばかりかな 大きなる薔薇の花照りかへる
- 1.21 かうかうと 今ぞこの世のものならぬ 金柑の木に秋風ぞ吹く
- 1.22 かぎろひの 夕月映の下びには すでに暮れたる木の群が見ゆ
- 1.23 影にのみ 匂やかなる窓ぎはの その花むらも暮れて来りぬ
- 1.24 風さむき いよよ極月あかつきの 霜ふみてくだるひたひたと山を
- 1.25 風無くて 匂やかなる夕じめり 合歓の花ぞほの紅く顕つ
- 1.26 観音の 千手の中に筆もたす み手一つありき涙す我は
- 1.27 観音の 春はあけぼの紫の 甍の反りの隅ずみの鐸
- 1.28 来て見れば いよいよ近き月明り 通り矢も見ゆ城ヶ島も見ゆ
- 1.29 君と見て 一期の別れする時も ダリヤは紅しダリヤは紅し
- 1.30 逆光の 玉の白菊仰臥に 見つつはなげけややがて見ざらむ
- 1.31 桐の花 ことにかはゆき半玉の 泣かまほしさにあゆむ雨かな
- 1.32 樹はまさしく 千手観音菩薩なり 西金色の秋の夕ぐれ
- 1.33 草は秋 ほほゑましもよ日にひかる 干菓子をひとつわりていただく
- 1.34 こころもち 黄なる花粉のこぼれたる 薄地のセルのなで肩のひと
- 1.35 この空の 澄みの寒さや満月の 辺に立ち騰る黄金の火の立
- 1.36 さえざえと 今朝咲き盛る白菊の 葉かげの土は紫に見ゆ
- 1.37 さくらんぼ いまださ青に光るこそ 悲しかりけれ花ちりしのち
- 1.38 さしむかひ 二人暮れゆく夏の日の かはたれの空に桐の匂へる
- 1.39 寂しさに 赤き硝子を透かし見つ ちらちらと雪のふりしきる見ゆ
- 1.40 小夜ふけて 吾子が寝顔かがやくは 望月の輪か照り宿るらし
- 1.41 百日紅 咲きつぐ道は吾が行きて 利玄分骨の墓も涼しさ
- 1.42 百日紅 ぬめりあかるき春さきは 眼もぬくむなりその枝この枝
- 1.43 しみしみと 夕冷えまさるしら雪に 岩うつり啼くは河原鶸かも
- 1.44 しら玉の 雀の卵寂しければ 人に知られで春過ぎむとす
- 1.45 白南風の 光葉の野薔薇過ぎにけり かはづのこゑも田にしめりつつ
- 1.46 睡蓮の 花泛けりとふ池の面は 日の照りつけて観る色も無し
- 1.47 過ぎし日の 幼なあそびの土の鳩 吹きて鳴らさな月のあかりに
- 1.48 すずろかに クラリネツトの鳴りやまぬ 日の夕ぐれとなりにけるかな
- 1.49 菫咲く 春は夢殿日おもてを 石段の目に乾く埴土
- 1.50 月暦 睦月二日の新月の 眉をさなかる西に見ゆとふ
- 1.51 常よりは 月夜明るき棕梠の葉に 糸瓜さがりて風そよぐ見ゆ
- 1.52 乏しくも 今は足りつつ茶の花の にほふ隣を楽しみにけり
- 1.53 何ごとも 夢のごとくに過ぎにけり 万燈の上の桃色の月
- 1.54 西日して 潮満つるまの夕干潟 営み長く蟹ぞつぶやく
- 1.55 人形の 秋の素肌となりぬべき 白き菊こそ哀しかりけれ
- 1.56 葉がくれに 青き果を見るかなしみか 花ちりし日のわが思ひ出か
- 1.57 爆竹の 花火はぜちる柳かげ 水のながれは行きてかへらず
- 1.58 花ひとつ 枝にとどめぬ玉蘭の 夏むかふなり我も移らむ
- 1.59 母としか 湯には入らずと子は云へり ひとりひたれり梅の蕚見て
- 1.60 春すぎて うらわかぐさのなやみより もえいづるはなのあかきときめき
- 1.61 春過ぎて 夏来にけりとおもほゆる 大藤棚のながき藤浪
- 1.62 春過ぎて 夏来るらし白妙の ところてんぐさ取る人のみゆ
- 1.63 春昼の 雨ふりこぼす薄ら雲 ややありて明る牡丹の花びら
- 1.64 春山は 杉も青みていつしかと 鶯の声が鶸に代りぬ
- 1.65 日おもての 小竹の靡きは明るけど しきりに涼し秋は来にけり
- 1.66 日おもては 雑木にこもる霜の気の 照りあたたかし春めきしかも
- 1.67 ひさかたの 四方の天雲地に垂りて 碧碧しかも蓋のごと
- 1.68 日ざしにも 春は闌くるか夢殿の 端反いみじき八角円堂
- 1.69 日の遠き 北に来にけりこの海や たえて光らぬかぐろき荒波
- 1.70 日の光 染みてすずしき群ぐさに よき虫のこゑのほそく立ちたる
- 1.71 不二ヶ嶺は また雪ならし笠雲の 浅夜は白く下りゐ畳めり
- 1.72 ふはふはと たんぽぽの飛びあかあかと 夕日の光り人の歩める
- 1.73 冬山の つまさきあがり早や凍みて 日光はじかぬここだ石ころ
- 1.74 仏蘭西の みやび少女がさしかざす 勿忘草の空いろの花
- 1.75 ぽつぽつと 雀出て来る残り風 二百十日の夕空晴れて
- 1.76 真夏空 絶えず湧き来るいつくしき 白木綿雲の中わくるなり
- 1.77 曼珠沙華 茎立しろくなりにけり この花むらも久しかりにし
- 1.78 三笠山 冬来にけらし高々と 木群が梢をい行く白雲
- 1.79 短か日の 光つめたき笹の葉に 雨さゐさゐと降りいでにけり
- 1.80 水うちて 月の門辺となりにけり 泡盛の甕に柄杓添へ置く
- 1.81 水ぐるま 春めく聴けば一方に のる瀬の音もかがやくごとし
- 1.82 水の辺に 光ゆらめく河やなぎ 木橋わたればわれもゆらめく
- 1.83 観るものに 春はかそけさかぎりなし 雪片が立つる小さき水の輪
- 1.84 目に見えて 冬の陽遠くなりにけり きのふもけふも薄くみぞれして
- 1.85 目は盲ひて 笑かすかにおはすなり 月のひかりの照らす面白
- 1.86 女童が 睫毛にやどる露のたま 月のありかは雲の上にして
- 1.87 木星の 常のありどの空にして 今宵しら雲の湧きゐたりける
- 1.88 紅葉に い照り足らへる日のひかり 我が家とぞおもふ庭のしづけさ
- 1.89 山吹の 咲きしだれたる窓際は 子が顔出して空見るところ
- 1.90 山国は すでに雪待つ外がまへ 簾垂りたり戸ごと鎖しつつ
- 1.91 山ゆけば 蕗畑多し蕗の葉の 畑にあまるは路へ萌え出ぬ
- 1.92 夕顔は 端居の膳に見さだめて 月より白し満ちひらきつつ
- 1.93 夕かけて 双子の山にゐる雲の 白きを見れば春たけにける
- 1.94 雪しろき 不二のなだりのひとところ げそりと崩えて紫深し
- 1.95 雪深し 黙みゐたれば紅の 月いで方となりにけるかな
- 1.96 湯にをりて 我と子と聴く春雨は 孟宗と梅にふれるなるらし
- 1.97 夜祭の 万燈の上にいよいよあがり 大きなるかも今宵の月は
- 1.98 両国の 一ぜんめし屋でわかれたる そののち恋し伯林の茂吉
- 1.99 若葉して かかりみじかき藤の房 清水ながるる田のへりゆけば
- 1.100 わが宿は 雀のたむろ冬来れば 日にけに寒し雀のみ群れて
北原白秋の短歌 100
青玉のしだれ 花火のちりかかり消ゆる 途上を君よいそがむ
【歌集】桐の花
青丹よし 奈良の都の藤若葉 けふ新たなり我は空行く
【歌集】夢殿
【補足】「青丹よし(あおによし)」は奈良にかかる枕詞(まくらことば)です。
あかつきの 雪に寂しくきらめくは 木木に囀る雀があたま
【歌集】雲母集(きららしゅう)
【補足】「囀る」の読みは「さえずる」です。
秋の色 いまか極まる聲もなき 人豆のごと橋わたる見ゆ
【歌集】雲母集
秋の夜は 前の書棚の素硝子に 煙草火赤しが映るなり
【歌集】白南風(しらはえ)
秋ゆふべ たぎつ瀬の音のこもり音の きけばきこゆるこの日和かも
【歌集】橡(つるばみ)
朝に聴きて 夕に言問うふ山川の 音のたぎちよ聴かずなりなむ
【歌集】渓流唱
朝山は 風しげけれや夏鳥の 百鳥のこゑの飛びみだれつつ
【歌集】渓流唱
【補足】百鳥(ももどり)とは、「多くの鳥、様々な鳥」の意です。
雨ふくむ 春の月夜の薄雲は 薔薇いろなせどまだ寒く見ゆ
【歌集】雀の卵
嵐ふく 富士の真木原夏まけて 百鳥のきそふ声は騰れり
【歌集】渓流唱
石崖に 子ども七人腰かけて 河豚を釣り居り夕焼小焼
【歌集】雲母集
【補足】「河豚」の読みは「ふぐ」です。
石庭に 冬の日のさしあらはなり まだ凍みきらぬ青苔のいろ
【歌集】白南風
いつしかに 夏のあはれとなりにけり 乾草小屋の桃色の月
【歌集】雀の卵
一心に 遊ぶ子どもの聲すなり 赤きとまやの秋の夕ぐれ
【歌集】雲母集
うすうすと 朝日さし来る椎の根に 心寄せつつ冬はこもれり
【歌集】白南風
うたたねの 夢に顕ち来しおもかげは 山女魚にかあらし秋の水の音
【歌集】渓流唱
【補足】「山女魚」の読みは「やまめ」です。
雲仙の 山を眺むる朝霞 ここに学びて童なりにし
【歌集】夢殿
大きなる まんまろき円ひとつかき ひとり眺めてありにけり昼
【歌集】雀の卵
大空に 何も無ければ入道雲 むくりむくりと湧きにけるかも
【歌集】雲母集
驚きて わが身も光るばかりかな 大きなる薔薇の花照りかへる
【歌集】雲母集
かうかうと 今ぞこの世のものならぬ 金柑の木に秋風ぞ吹く
【歌集】雲母集
【補足】「金柑」の読みは「きんかん」です。
かぎろひの 夕月映の下びには すでに暮れたる木の群が見ゆ
【歌集】白南風
影にのみ 匂やかなる窓ぎはの その花むらも暮れて来りぬ
【歌集】黒檜(くろひ)
風さむき いよよ極月あかつきの 霜ふみてくだるひたひたと山を
【歌集】渓流唱
【補足】極月(ごくげつ、ごくづき、きわまりづき)は旧暦12月の異称です。
風無くて 匂やかなる夕じめり 合歓の花ぞほの紅く顕つ
【歌集】橡
【補足】「合歓」の読みは「ねむ」です。下の写真が合歓の花です。
観音の 千手の中に筆もたす み手一つありき涙す我は
【歌集】黒檜
観音の 春はあけぼの紫の 甍の反りの隅ずみの鐸
【歌集】海阪(うなさか)
【補足】「甍」の読みは「いらか」で、瓦葺(かわらぶき)の屋根のことをいいます。
来て見れば いよいよ近き月明り 通り矢も見ゆ城ヶ島も見ゆ
【歌集】海阪
君と見て 一期の別れする時も ダリヤは紅しダリヤは紅し
【歌集】桐の花
逆光の 玉の白菊仰臥に 見つつはなげけややがて見ざらむ
【歌集】黒檜
【補足】「仰臥(あふぶし)に」とは「あおむけに(寝て)」の意です。
桐の花 ことにかはゆき半玉の 泣かまほしさにあゆむ雨かな
【歌集】桐の花
樹はまさしく 千手観音菩薩なり 西金色の秋の夕ぐれ
【歌集】雲母集
草は秋 ほほゑましもよ日にひかる 干菓子をひとつわりていただく
【歌集】橡
こころもち 黄なる花粉のこぼれたる 薄地のセルのなで肩のひと
【歌集】桐の花
【補足】セルは着物の生地の一種です。
この空の 澄みの寒さや満月の 辺に立ち騰る黄金の火の立
【歌集】海阪
さえざえと 今朝咲き盛る白菊の 葉かげの土は紫に見ゆ
【歌集】風隠集
さくらんぼ いまださ青に光るこそ 悲しかりけれ花ちりしのち
【歌集】桐の花
さしむかひ 二人暮れゆく夏の日の かはたれの空に桐の匂へる
【歌集】桐の花
寂しさに 赤き硝子を透かし見つ ちらちらと雪のふりしきる見ゆ
【歌集】桐の花
小夜ふけて 吾子が寝顔かがやくは 望月の輪か照り宿るらし
【歌集】風隠集
【補足】「小夜(さよ)」は夜と同義です。
百日紅 咲きつぐ道は吾が行きて 利玄分骨の墓も涼しさ
【歌集】白南風
【補足】「百日紅」の読みは「さるすべり」です。
百日紅 ぬめりあかるき春さきは 眼もぬくむなりその枝この枝
【歌集】白南風
しみしみと 夕冷えまさるしら雪に 岩うつり啼くは河原鶸かも
【歌集】風隠集
【補足】河原鶸(かわらひわ)は小鳥の一種です。
しら玉の 雀の卵寂しければ 人に知られで春過ぎむとす
【歌集】雀の卵
白南風の 光葉の野薔薇過ぎにけり かはづのこゑも田にしめりつつ
【歌集】白南風
睡蓮の 花泛けりとふ池の面は 日の照りつけて観る色も無し
【歌集】黒檜
【補足】「花泛(う)けりとふ池の面(も)は」は「花が浮かんでいたという水面は」と解します。
過ぎし日の 幼なあそびの土の鳩 吹きて鳴らさな月のあかりに
【歌集】夢殿
すずろかに クラリネツトの鳴りやまぬ 日の夕ぐれとなりにけるかな
【歌集】桐の花
菫咲く 春は夢殿日おもてを 石段の目に乾く埴土
【歌集】夢殿
【補足】「菫」の読みは「すみれ」です。
月暦 睦月二日の新月の 眉をさなかる西に見ゆとふ
【歌集】黒檜
【補足】「睦月(むつき)」は旧暦1月の別称です。
常よりは 月夜明るき棕梠の葉に 糸瓜さがりて風そよぐ見ゆ
【歌集】風隠集
【補足】「棕梠」の読みは「しゅろ」です。
乏しくも 今は足りつつ茶の花の にほふ隣を楽しみにけり
【歌集】風隠集
何ごとも 夢のごとくに過ぎにけり 万燈の上の桃色の月
【歌集】雀の卵
西日して 潮満つるまの夕干潟 営み長く蟹ぞつぶやく
【歌集】夢殿
人形の 秋の素肌となりぬべき 白き菊こそ哀しかりけれ
【歌集】桐の花
葉がくれに 青き果を見るかなしみか 花ちりし日のわが思ひ出か
【歌集】桐の花
爆竹の 花火はぜちる柳かげ 水のながれは行きてかへらず
【歌集】夢殿
花ひとつ 枝にとどめぬ玉蘭の 夏むかふなり我も移らむ
【歌集】黒檜
【補足】玉蘭(ぎょくらん)とは、白木蓮(はくもくれん)の花のことをいいます。
母としか 湯には入らずと子は云へり ひとりひたれり梅の蕚見て
【歌集】風隠集
【補足】「蕚(うてな)」とは、花びらの外側の(花を支える)部分をいいます。
春すぎて うらわかぐさのなやみより もえいづるはなのあかきときめき
【歌集】桐の花
春過ぎて 夏来にけりとおもほゆる 大藤棚のながき藤浪
【歌集】白南風
春過ぎて 夏来るらし白妙の ところてんぐさ取る人のみゆ
【歌集】雲母集
【補足】百人一首にある持統天皇(じとうてんのう)の次の歌が浮かんできますね。
春過ぎて 夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
春昼の 雨ふりこぼす薄ら雲 ややありて明る牡丹の花びら
【歌集】橡
春山は 杉も青みていつしかと 鶯の声が鶸に代りぬ
【歌集】風隠集
日おもての 小竹の靡きは明るけど しきりに涼し秋は来にけり
【歌集】風隠集
【補足】「靡き」の読みは「なびき」です。
日おもては 雑木にこもる霜の気の 照りあたたかし春めきしかも
【歌集】白南風
ひさかたの 四方の天雲地に垂りて 碧碧しかも蓋のごと
【歌集】雀の卵
日ざしにも 春は闌くるか夢殿の 端反いみじき八角円堂
【歌集】夢殿
日の遠き 北に来にけりこの海や たえて光らぬかぐろき荒波
【歌集】海阪
日の光 染みてすずしき群ぐさに よき虫のこゑのほそく立ちたる
【歌集】白南風
不二ヶ嶺は また雪ならし笠雲の 浅夜は白く下りゐ畳めり
【歌集】海阪
ふはふはと たんぽぽの飛びあかあかと 夕日の光り人の歩める
【歌集】桐の花
冬山の つまさきあがり早や凍みて 日光はじかぬここだ石ころ
【歌集】黒檜
仏蘭西の みやび少女がさしかざす 勿忘草の空いろの花
【歌集】桐の花
【補足】「勿忘草」の読みは「わすれなぐさ」です。
ぽつぽつと 雀出て来る残り風 二百十日の夕空晴れて
【歌集】雀の卵
【補足】二百十日(にひゃくとおか)は雑節(ざっせつ)の一つです。
真夏空 絶えず湧き来るいつくしき 白木綿雲の中わくるなり
【歌集】夢殿
曼珠沙華 茎立しろくなりにけり この花むらも久しかりにし
【歌集】白南風
【補足】曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は彼岸花(ひがんばな)のことです。下の写真が曼珠沙華です。
三笠山 冬来にけらし高々と 木群が梢をい行く白雲
【歌集】夢殿
短か日の 光つめたき笹の葉に 雨さゐさゐと降りいでにけり
【歌集】雀の卵
水うちて 月の門辺となりにけり 泡盛の甕に柄杓添へ置く
【歌集】白南風
【補足】「甕」、「柄杓」の読みは「かめ」、「ひしゃく」です。
水ぐるま 春めく聴けば一方に のる瀬の音もかがやくごとし
【歌集】黒檜
水の辺に 光ゆらめく河やなぎ 木橋わたればわれもゆらめく
【歌集】雲母集
観るものに 春はかそけさかぎりなし 雪片が立つる小さき水の輪
【歌集】橡
目に見えて 冬の陽遠くなりにけり きのふもけふも薄くみぞれして
【歌集】雀の卵
目は盲ひて 笑かすかにおはすなり 月のひかりの照らす面白
【歌集】白南風
【補足】「笑」の読みは「ゑまひ」です。
女童が 睫毛にやどる露のたま 月のありかは雲の上にして
【歌集】白南風
【補足】「女童」の読みは「めわらわ」です。
木星の 常のありどの空にして 今宵しら雲の湧きゐたりける
【歌集】橡
紅葉に い照り足らへる日のひかり 我が家とぞおもふ庭のしづけさ
【歌集】橡
【補足】「紅葉」の読みは「もみぢば」です。
山吹の 咲きしだれたる窓際は 子が顔出して空見るところ
【歌集】風隠集
山国は すでに雪待つ外がまへ 簾垂りたり戸ごと鎖しつつ
【歌集】黒檜
山ゆけば 蕗畑多し蕗の葉の 畑にあまるは路へ萌え出ぬ
【歌集】海阪
【補足】「蕗」の読みは「ふき」です。
夕顔は 端居の膳に見さだめて 月より白し満ちひらきつつ
【歌集】黒檜
【補足】端居(はしい)とは、夏に縁側などで涼を求めることをいいます。
夕かけて 双子の山にゐる雲の 白きを見れば春たけにける
【歌集】風隠集
雪しろき 不二のなだりのひとところ げそりと崩えて紫深し
【歌集】海阪
雪深し 黙みゐたれば紅の 月いで方となりにけるかな
【歌集】雲母集
湯にをりて 我と子と聴く春雨は 孟宗と梅にふれるなるらし
【歌集】風隠集
【補足】「孟宗」とは孟宗竹(もうそうちく=竹の一種)を略したものです。
夜祭の 万燈の上にいよいよあがり 大きなるかも今宵の月は
【歌集】雀の卵
両国の 一ぜんめし屋でわかれたる そののち恋し伯林の茂吉
【歌集】海阪
【補足】白秋は歌人の斎藤茂吉(さいとう もきち)と交流がありました。
若葉して かかりみじかき藤の房 清水ながるる田のへりゆけば
【歌集】橡
わが宿は 雀のたむろ冬来れば 日にけに寒し雀のみ群れて
【歌集】雀の卵
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