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江戸の火消しは火を消さないでケンカばかり?

お正月になると、消防の出初式のニュースが放映されますが、高い梯子(はしご)の天辺での技には、いつも感心させられます。

あの梯子乗り(はしごのり)は、江戸時代から受け継がれてきたものです。

江戸時代には、現在のように消火水槽が完備されていたわけではないので、消火活動も大変だったはずです。

そこで、このページでは江戸時代の消防で活躍した火消しについて調べてみました。

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江戸の大火

「火事と喧嘩(けんか)は江戸の花」という言葉もあるように、江戸時代には火事が多発していました。

また、江戸の町に多いものの例えとして、「火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に 犬のふん」というものもあります。

江戸っ子の粋な性質が表現とされる「宵越しの金は持たない」という言葉にも、火事で燃えてしまうくらいなら手持ちの金を思い切って使ってしまう方がいい、といった江戸の火事の多さに対する気持ちが込められています。

この多発した火事の原因としては

  • 江戸の人口の急速な増加(1721年に推定で約110万人)
  • 放火(動機は火事場泥棒、奉公人の主人への不満や報復、男女関係による怨恨や脅迫など)
  • 冬の季節風(北または北西方向からの乾燥した強風)

などが挙げられます。

なお、放火は重罪とされており、見せしめとして火焙り(ひあぶり)という処罰が行なわれました。

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江戸時代、つまり1601年から1867年(関ヶ原の戦いの翌年~大政奉還)の267年間に1798件の火事が発生し、そのうち49件規模が大きいので大火(たいか)と呼ばれます。

同じ267年間で、江戸以外の大都市での大火は京都が9回、大阪が6回、金沢が3回などであり、江戸が群を抜いています。

江戸の火事は、祝融(しゅくゆう)や回禄(かいろく)とも呼ばれました。
祝融と回禄は、いずれも中国の火の神様の名前です。

現代では江戸を「火災都市」と言い表しますが、世界でもこれほど大火が繰り返し起こった例はありません。

        

 

大火のうち、江戸三大大火とよばれるものがあります。

名前 西暦 和暦 死者数(推定)
明暦の大火 1657年 明暦3年 107,000
明和の大火 1772年 明和9年 14,700
文化の大火 1806年 文化3年 1,200

 

このような大火がきっかけともなり、次のような火消しの制度が設けられるようになりました。

  • 大名火消し(だいみょうびけし) - 1643年(寛永20年)
  • 定火消し(じょうびけし) - 1658年(万治元年)
  • 町火消し(まちびけし) - 1720年(享保5年)

なお、1659年(万治2年)1月4日に定火消4組が上野東照宮に集結して気勢をあげて出初(でぞめ)を行ないましたが、これが出初式(でぞめしき)のはじまりです。

また、町火消しは毎年正月の1月4日に梯子乗りや木遣り歌を披露する初出(はつで)を行なうようになりました。
これは、定火消しが行なっていた出初にならって始められたものです。

 

 

町火消し

火消し制度のうち、大名火消しと定火消しは武家火消し(ぶけびけし)ともいい、武士によって組織されていました。

これに対して、町火消しは町人により組織されたもので、火事の際には出動する義務もありました。

組織的には、複数の町を「組」としてまとめ、隅田川から西側を受け持ついろは四十八組と、東側を受け持つ本所・深川の16組が設けられました。

幕末になると武家火消しが大幅に削減され、江戸の消防の主力は町火消しとなりました。

 
 

火消しの消火活動

火消しによる消火の方法は、火事場周辺の建物を破壊することによって延焼を防ぐ、破壊消防(除去消火法)でした。

後には竜吐水(りゅうどすい=木製の手押しポンプ)なども補助的に使用されるようになりましたが、継続的に放水することが難しく、それほど消火の役に立たなかったといわれています。

また、火事場では消口争い(けしくちあらそい)と呼ばれる、火消し同士の喧嘩が多かったのです。
これは、消火活動の功名争いが主な原因でした。

肝心の消火活動をしないで喧嘩が始まってしまうこともしばしばでした。

幕府は火事場での喧嘩を禁止するお触れをしばしば出しましたが、火消し同士の喧嘩がなくなることはありませんでした。

 

まとめ

  • 日本では江戸時代に、世界で類を見ないほどの大火の頻発がありしました。
  • 江戸では大火が契機となって、大名火消し、定火消し、町火消しの火消し制度が設けられました。
  • このうちの町火消しは、江戸の消火の主力となっていきました。
  • 火事場では、消火をそっちのけで火消し同士の喧嘩が起こることがしばしばありました。

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