西行の和歌 20首 【現代語訳】付き
西行(さいぎょう)は 23歳の若さで出家し、その後は草庵生活や漂白の旅に出るなどし、およそ 22,000首の和歌を残しました。
「願はくは 花の下にて春死なむ ~」と詠んだ歌のとおりに生涯を終えたことは、当代の多くの歌人から驚嘆をもって称賛されました。
このページでは、西行の和歌を 20首集めて現代語訳を付しました。西行の生き方とも強く結びつきのある歌を、是非とも鑑賞してみて下さい。
目次
- 1 西行の和歌について
- 2 西行の和歌 20首
- 2.1 いとほしや さらに心のをさなびて 魂たまぎれらるる恋もするかな
- 2.2 うちつけに また来む秋の今宵まで 月ゆゑ惜しくなる命かな
- 2.3 おしなべて 花のさかりになりにけり 山の端ごとにかかる白雲
- 2.4 恋しきを たはぶれられしそのかみの いはけなかりし折の心は
- 2.5 すぎてゆく 羽風なつかし鶯よ なづさひけりな梅の立枝に
- 2.6 つくづくと 物を思ふにうちそへて をりあはれなる鐘の音かな
- 2.7 つねよりも 心ぼそくぞ思ほゆる 旅の空にて年の暮れぬる
- 2.8 なにごとも 変はりのみゆく世の中に おなじかげにてすめる月かな
- 2.9 なにとなく さすがに惜しき命かな ありへば人や思ひ知るとて
- 2.10 なにとなく 春になりぬと聞く日より 心にかかるみ吉野の山
- 2.11 願はくは 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ
- 2.12 花に染そむ 心のいかで残りけむ 捨て果ててきと思ふわが身に
- 2.13 花見れば そのいはれとはなけれども 心のうちぞ苦しかりける
- 2.14 都にて 月をあはれと思ひしは 数よりほかのすさびなりけり
- 2.15 身を捨つる 人はまことに捨つるかは 捨てぬ人こそ捨つるなりけれ
- 2.16 もろともに 眺め眺めて秋の月 ひとりにならむことぞ悲しき
- 2.17 もろともに 我をも具して散りね花 うき世をいとふ心ある身ぞ
- 2.18 山里は 秋のすゑにぞ思ひしる 悲しかりけり木がらしの風
- 2.19 弓はりの 月にはづれて見しかげの やさしかりしはいつか忘れむ
- 2.20 世の中を 思へばなべて散る花の 我が身をさてもいづちかもせむ
西行の和歌について
西行が詠んだ和歌を 20首を選び、先頭の文字の五十音順に並べました。
新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)には 94首が入集するなど、中世を代表する歌人である西行の素晴らしい和歌を是非チェックしてみて下さい。
なお、それぞれの歌には現代語訳を付けましたが、これは私の意訳であることをお断りしておきます。一般的な解釈、通釈とは異なるものもあることを何卒ご了承ください。
西行の和歌 20首
いとほしや さらに心のをさなびて 魂たまぎれらるる恋もするかな
【現代語訳】
(我ながら)困ったことだなあ、さらに心が幼くなってしまって、魂が尽きてしまうような恋をするとは…
【採録】山家集、夫木和歌抄
【補足】
西行が詠んだ恋の歌には秀作も多く、若くして出家した理由を失恋と結びつけた説にもうなづける面があります。
うちつけに また来む秋の今宵まで 月ゆゑ惜しくなる命かな
【現代語訳】
ふいに又やって来る秋の今宵(の名月)まで… (その)月ゆえに惜しくなる命であるなあ
【詞書】八月十五夜
【採録】山家集、山家心中集
【補足】
西行の歌集『山家集(さんかしゅう)』の「秋」のうち約半数は月を詠んだものです。
おしなべて 花のさかりになりにけり 山の端ごとにかかる白雲
【現代語訳】
一様に花の盛りになった。山の端すべてにかかっている白雲…
【詞書】花の歌あまたよみけるに
【採録】山家集、山家心中集、定家八代抄など
【派生歌】
白雲と まがふ桜にさそはれて 心ぞかかる山の端ごとに
(藤原定家)
恋しきを たはぶれられしそのかみの いはけなかりし折の心は
【現代語訳】
恋しい気持ちを戯れ(たわむれ)とされた昔の、子供っぽかった頃の心は…
【採録】聞書集
すぎてゆく 羽風なつかし鶯よ なづさひけりな梅の立枝に
【現代語訳】
過ぎ去ってゆく羽風に親しみを感じる。鶯よ、なれ親しんでいたのだな、梅の立枝(たちえ)に
【詞書】題しらず
【採録】山家集、山家心中集
【補足】
春の風物である「鶯(うぐいす)」「梅」がともに詠み込まれています。
つくづくと 物を思ふにうちそへて をりあはれなる鐘の音かな
【現代語訳】
つくづくと物思いにふけっていると、折しもしみじみとした鐘の音がしてきたなあ
【詞書】題しらず
【採録】山家集、山家心中集、玉葉和歌集
【補足】
和泉式部の「和泉式部集」には次の歌があります。
つくづくと おつる涙にしづむとも 聞けとて鐘のおとづれしかな
つねよりも 心ぼそくぞ思ほゆる 旅の空にて年の暮れぬる
【現代語訳】
いつもより心細く感じられる、旅の空(旅先の土地)で年が暮れてしまったので
【詞書】みちのくににて、年の暮によめる
【採録】山家集、西行物語
【補足】
西行は、しばしば諸国を旅して多くの和歌を残しています。
その影響を受けている松尾芭蕉は、西行の歌の題材となった名所旧跡などを訪れています。
なにごとも 変はりのみゆく世の中に おなじかげにてすめる月かな
【現代語訳】
何事も変わっていってしまう世の中で、同じ光をもって澄んで(輝いて)いる月…
【採録】山家集、山家心中集、続拾遺和歌集
【派生歌】
月もなほ おなじかげにてすむものを いかにかはれる我が世なるらむ
(宗尊親王)
なにとなく さすがに惜しき命かな ありへば人や思ひ知るとて
【現代語訳】
何となしにだが、やはり惜しい命だなあ。生きていれば(あの)人が(私の)思いを分かってくれるのではと…
【採録】山家集、西行物語、新古今和歌集
【補足】
西行は「なにとなく」をよく用いていて、この言葉で始まる歌が『山家集』には十三首あります。
なにとなく 春になりぬと聞く日より 心にかかるみ吉野の山
【現代語訳】
何となしに、春になったと聞いた日から心にかかっている吉野の山
【詞書】春立つ日よみける
【採録】山家集、山家心中集
【補足】
西行は吉野でも草庵での生活をしていたと考えられています。
願はくは 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ
【現代語訳】
願わくば、(桜の)花の下で春に死にたいものだ。(お釈迦様入滅の)如月(=旧暦二月)の満月の頃に
【採録】山家集、山家心中集、西行物語、続古今和歌集など
【補足】
お釈迦様の入滅(=死去)は、旧暦の 2月15日といわれています。そして、西行が亡くなったのは 2月16日で、当日は満月でした。
このことから、辞世の歌のように受け取られてもいますが、いつ詠まれたものかは明らかになっていません。
花に染そむ 心のいかで残りけむ 捨て果ててきと思ふわが身に
【現代語訳】
花(の色)に染まる心がどうして残ったのだろうか、(心は)捨て切ったと思っていた私の身なのに…
【採録】山家集、山家心中集、千載和歌集
【補足】
西行は「花」の歌も数多く詠んでいます。かつては花といえば梅を指していましたが、桜がそれにとって代わりました。
花見れば そのいはれとはなけれども 心のうちぞ苦しかりける
【現代語訳】
(桜の)花を見ると、それといった理由はないのだけれども、心の内が苦しいことだ
【採録】山家集、夫木和歌抄
都にて 月をあはれと思ひしは 数よりほかのすさびなりけり
【現代語訳】
都で月をしみじみとしたものと思ったのは、とるに足りない慰み(なぐさみ)なのだった
【詞書】旅宿月といへる心をよめる
【採録】山家集、西行物語、新古今和歌集
【補足】
詞書(ことばがき)の「旅宿月」とは、旅で野宿をして見る月のことをいいます。
身を捨つる 人はまことに捨つるかは 捨てぬ人こそ捨つるなりけれ
【現代語訳】
身を捨てる(出家する)人は本当に(身を)捨てているのだろうか(いや、捨ててはいない)。(むしろ)捨てていない(俗世にいる)人こそ捨ててしまっているのだ
【詞書】題しらず
【採録】西行物語、詞花和歌集
【補足】
初めて勅撰和歌集に入集した歌です。
もろともに 眺め眺めて秋の月 ひとりにならむことぞ悲しき
【現代語訳】
一緒に眺め眺めしてきた秋の月… (これから)一人になってしまうことが(何とも)悲しい
【詞書】どうぎやうにて侍りける上人、例ならぬこと大事に侍りけるに、月の明あかくてあはれなるに詠みける
【採録】山家集、山家心中集、定家八代抄、千載和歌集
【補足】
千載和歌集(せんざいわかしゅう)の詞書には、「同行上人西住、秋ごろわづらふことありて、限にみえければよめる」とあります。
もろともに 我をも具して散りね花 うき世をいとふ心ある身ぞ
【現代語訳】
一緒に私も連れて散ってゆけ、花よ。この世を嫌う心がある(わが)身なのだから
【採録】山家集、山家心中集、夫木和歌抄
【補足】
「うき世」は「つらい世の中・現世」の意です。
山里は 秋のすゑにぞ思ひしる 悲しかりけり木がらしの風
【現代語訳】
山里は秋の末にこそ思い知るのだ、木枯らしの風が悲しいものだと
【詞書】秋のすゑに法輪にこもりてよめる
【採録】山家集、山家心中集、西行物語、新勅撰和歌集
【補足】
京都・嵯峨野の法輪寺に参籠(さんろう=寺社などに一定の期間こもって祈願すること)していたときに詠んだ歌です。
弓はりの 月にはづれて見しかげの やさしかりしはいつか忘れむ
【現代語訳】
弓形の月(の光)から外れて見た(あの方の)姿が優美だったことは、いつか忘れるのだろうか(いや、忘れはしない)
【採録】山家集、山家心中集、夫木和歌抄など
世の中を 思へばなべて散る花の 我が身をさてもいづちかもせむ
【現代語訳】
世の中(のこと)を思えば、すべて散る花のようで、我が身をさて、どうしたものだろうか
【詞書】題しらず
【採録】西行物語、新古今和歌集
【派生歌】
老が世を 思へばなべて散ることも ひとりのための花とこそ見れ
(三条西実隆)
関 連 ペ ー ジ
西行に関しては、とても興味深い文学作品があります。
それは、江戸時代に上田秋成が著した『雨月物語(うげつものがたり)』の中の「白峯(しらみね)」で、主人公の西行が崇徳院(すとくいん)の霊と論争するという怪異譚です。
作中に西行の和歌も含まれているので、是非ともチェックしてみて下さい。