石川啄木の短歌 101選
優れた短歌を残した歌人は数多くいますが、その中でも石川啄木には独特な存在感があります。
啄木は自身の感情を歌に込めようと「かなしさ」「ふるさと」「父、母、友」などを歌いながら、ときには過激ともいえる表現さえ使っています。そして、短歌の 31文字では足りていないかのようにも私には感じられます。
このページには、石川啄木の短歌の中から101首を集めてみました。これらを読むと、心をとらえて離さないような名歌ばかりですので、是非これらを鑑賞してみて下さい。
目次
- 1 石川啄木の短歌 101選
- 1.1 秋立つは 水にかも似る洗はれて 思ひことごと新しくなる
- 1.2 浅草の 夜のにぎはひにまぎれ入り まぎれ出で来しさびしき心
- 1.3 浅草の 凌雲閣のいただきに 腕組みし日の長き日記(にき)かな
- 1.4 朝はやく 婚期を過ぎし妹の 恋文めける文(ふみ)を読めりけり
- 1.5 新しき インクのにほひ栓抜けば 餓ゑたる腹に沁(し)むがかなしも
- 1.6 新しき 本を買ひ来て読む夜半(よは)の そのたのしさも長くわすれぬ
- 1.7 あたらしき 心もとめて名も知らぬ 街など今日(けふ)もさまよひて来ぬ
- 1.8 あまりある 才を抱(いだ)きて妻のため おもひわづらふ友をかなしむ
- 1.9 あめつちに わが悲しみと月光と あまねき秋の夜となれりけり
- 1.10 雨降れば わが家の人誰も誰も 沈める顔す雨霽(は)れよかし
- 1.11 あらそひて いたく憎みて別れたる 友をなつかしく思ふ日も来ぬ
- 1.12 石をもて 追はるるごとくふるさとを 出でしかなしみ消ゆる時なし
- 1.13 いつか是非、出さんと思ふ本のこと、表紙のことなど、妻に語れる。
- 1.14 何処(いづく)やらむ かすかに虫のなくごとき こころ細さを今日もおぼゆる
- 1.15 いつしかに夏となれりけり。やみあがりの目にこころよき雨の明るさ!
- 1.16 一隊の 兵を見送りてかなしかり 何ぞ彼等のうれひ無げなる
- 1.17 いつなりけむ 夢にふと聴きてうれしかりし その声もあはれ長く聴かざり
- 1.18 いのちなき 砂のかなしさよさらさらと 握れば指のあひだより落つ
- 1.19 今は亡き 姉の恋人のおとうとと なかよくせしをかなしと思ふ
- 1.20 薄れゆく 障子の日影そを見つつ こころいつしか暗くなりゆく
- 1.21 うっとりと本の挿絵(さしゑ)に眺め入り、煙草(たばこ)の煙吹きかけてみる。
- 1.22 縁先にまくら出させて、ひさしぶりに、ゆふべの空にしたしめるかな。
- 1.23 おそらくは 生涯妻をむかへじと わらひし友よ今もめとらず
- 1.24 己(おの)が名を ほのかに呼びて涙せし 十四の春にかへる術(すべ)なし
- 1.25 親と子と はなればなれの心もて 静かに対(むか)ふ気まづきや何(な)ぞ
- 1.26 鏡屋の 前に来てふと驚きぬ 見すぼらしげに歩むものかも
- 1.27 かくばかり 熱き涙は初恋の 日にもありきと泣く日またなし
- 1.28 かなしきは かの白玉(しらたま)のごとくなる 腕に残せしキスの痕(あと)かな
- 1.29 かなしきは 喉(のど)のかわきをこらへつつ 夜寒の夜具にちぢこまる時
- 1.30 かにかくに 渋民村は恋しかり おもひでの山おもひでの川
- 1.31 かの時に 言ひそびれたる大切の 言葉は今も胸にのこれど
- 1.32 君に似し 姿を街に見る時の こころ躍りをあはれと思へ
- 1.33 今日もまた胸に痛みあり。死ぬならば、ふるさとに行(ゆ)きて死なむと思ふ。
- 1.34 薬のむことを忘れて、ひさしぶりに、母に叱られしをうれしと思へる。
- 1.35 こころよき 疲れなるかな息もつかず 仕事をしたる後(のち)のこの疲れ
- 1.36 こころよく 春のねむりをむさぼれる 目にやはらかき庭の草かな
- 1.37 こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ
- 1.38 古文書(こもんじよ)の なかに見いでしよごれたる 吸取紙(すひとりがみ)をなつかしむかな
- 1.39 児を叱れば、泣いて、寝入りぬ。口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。
- 1.40 先んじて 恋のあまさとかなしさを 知りし我なり先んじて老ゆ
- 1.41 さりげなく 言ひし言葉はさりげなく 君も聴きつらむそれだけのこと
- 1.42 しっとりと なみだを吸へる砂の玉 なみだは重きものにしあるかな
- 1.43 死ぬまでに 一度会はむと言ひやらば 君もかすかにうなづくらむか
- 1.44 しらしらと 氷かがやき千鳥なく 釧路の海の冬の月かな
- 1.45 水晶の 玉をよろこびもてあそぶ わがこの心何(なに)の心ぞ
- 1.46 すこやかに、背丈のびゆく子を見つつ、われの日毎にさびしきは何(な)ぞ。
- 1.47 すずしげに 飾り立てたる硝子屋(ガラスや)の 前にながめし夏の夜の月
- 1.48 砂山の 砂に腹這ひ初恋の いたみを遠くおもひ出づる日
- 1.49 寂莫を 敵とし友とし雪のなかに 長き一生を送る人もあり
- 1.50 そのかみの 愛読の書よ大方は 今は流行(はや)らずなりにけるかな
- 1.51 大海に むかひて一人七八日 泣きなむとすと家を出でにき
- 1.52 大という 字を百あまり砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり
- 1.53 ダイナモの 重き唸(うな)りのここちよさよ あはれこのごとく物を言はまし
- 1.54 高きより 飛びおりるごとき心もて この一生を終るすべなきか
- 1.55 ただひとり 泣かまほしさに来て寝たる 宿屋の夜具のこころよさかな
- 1.56 ただ一人のをとこの子なる我はかく育てり。父母もかなしかるらむ。
- 1.57 たはむれに 母を背負ひてそのあまり 軽(かろ)きに泣きて三歩あゆまず
- 1.58 茶まで断ちて、わが平復を祈りたまふ母の今日また何か怒れる。
- 1.59 ぢりぢりと、蝋燭(らふそく)の燃えつくるごとく、夜となりたる大晦日かな。
- 1.60 つくづくと 手をながめつつおもひ出でぬ キスが上手の女なりしが
- 1.61 東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる
- 1.62 遠くより 笛の音きこゆうなだれて ある故やらむなみだ流るる
- 1.63 時ありて 子供のやうにたはむれす 恋ある人のなさぬ業(わざ)かな
- 1.64 何処(どこ)やらに 若き女の死ぬごとき 悩ましさあり春の霙(みぞれ)降る
- 1.65 友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ
- 1.66 何もかも 行末の事みゆるごとき このかなしみは拭(ぬぐ)ひあへずも
- 1.67 寝つつ読む本の重さにつかれたる手を休めては、物を思へり。
- 1.68 はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし) 楽にならざりぢっと手を見る
- 1.69 放たれし 女のごときかなしみを よわき男の感ずる日なり
- 1.70 春の街 見よげに書ける女名(をんなな)の 門札(かどふだ)などを読みありくかな
- 1.71 春の雪みだれて降るを熱のある目にかなしくも眺め入りたる。
- 1.72 ひでり雨 さらさら落ちて前栽(せんざい)の 萩のすこしく乱れたるかな
- 1.73 ひと塊(くれ)の 土に涎し泣く母の 肖顔(にがほ)つくりぬかなしくもあるか
- 1.74 病院に来て、妻や子をいつくしむまことの我にかへりけるかな。
- 1.75 二三(ふたみ)こゑ いまはのきはに微かにも 泣きしといふになみだ誘はる
- 1.76 ふるさとの 空遠みかも高き屋(や)に ひとりのぼりて愁(うれ)ひて下くだる
- 1.77 ふるさとの 父の咳する度たびに斯(か)く 咳の出づるや病めばはかなし
- 1.78 ふるさとの 訛(なまり)なつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きにゆく
- 1.79 ふるさとの 麦のかをりを懐かしむ 女の眉にこころひかれき
- 1.80 ふるさとの 山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな
- 1.81 ふるさとを出いでて五年(いつとせ)、病をえて、かの閑古鳥を夢にきけるかな。
- 1.82 燈影(ほかげ)なき 室(しつ)に我あり父と母 壁のなかより杖つきて出いづ
- 1.83 ほとばしる 喞筒(ポンプ)の水の心地よさよ しばしは若きこころもて見る
- 1.84 頬につたふ なみだのごはず一握の 砂を示しし人を忘れず
- 1.85 まくら辺に子を坐らせて、まじまじとその顔を見れば、逃げてゆきしかな。
- 1.86 水潦(みづたまり) 暮れゆく空とくれなゐの 紐を浮べぬ秋雨の後(のち)
- 1.87 胸いたむ日のかなしみも、かをりよき煙草の如(ごと)く、棄てがたきかな。
- 1.88 目になれし 山にはあれど秋来れば 神や住まむとかしこみて見る
- 1.89 ものなべて うらはかなげに暮れゆきぬ とりあつめたる悲しみの日は
- 1.90 やはらかに 積れる雪に熱てる頬を 埋づむるごとき恋してみたし
- 1.91 やはらかに 柳あをめる北上の 岸辺目に見ゆ泣けとごとくに
- 1.92 山の子の 山を思ふがごとくにも かなしき時は君を思へり
- 1.93 夢さめて ふっと悲しむわが眠り 昔のごとく安からぬかな
- 1.94 よりそひて 深夜の雪の中に立つ 女の右手(めて)のあたたかさかな
- 1.95 わが恋を はじめて友にうち明けし 夜のことなど思ひ出づる日
- 1.96 わがこころ けふもひそかに泣かむとす 友みな己(おの)が道をあゆめり
- 1.97 わが妻の むかしの願ひ音楽の ことにかかりき今はうたはず
- 1.98 わが庭の 白き躑躅(つつじ)を薄月の 夜に折りゆきしことな忘れそ
- 1.99 わかれ来て 年を重ねて年ごとに 恋しくなれる君にしあるかな
- 1.100 わかれ来て ふと瞬(またた)けばゆくりなく つめたきものの頬をつたへり
- 1.101 わかれをれば 妹(いもと)いとしも赤き緒(を)の 下駄など欲しとわめく子なりし
石川啄木の短歌 101選
秋立つは 水にかも似る洗はれて 思ひことごと新しくなる
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
浅草の 夜のにぎはひにまぎれ入り まぎれ出で来しさびしき心
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】浅草(あさくさ)は東京の地名です。
浅草の 凌雲閣のいただきに 腕組みし日の長き日記(にき)かな
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】凌雲閣(りょううんかく)は浅草(あさくさ)にあった 12階建ての塔で、1890年(明治23年)に開館されました。
朝はやく 婚期を過ぎし妹の 恋文めける文(ふみ)を読めりけり
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
新しき インクのにほひ栓抜けば 餓ゑたる腹に沁(し)むがかなしも
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】最後の「も」は詠嘆を表します。
新しき 本を買ひ来て読む夜半(よは)の そのたのしさも長くわすれぬ
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
【補足】夜半(よわ、やはん)とは、夜中のことをいいます。
あたらしき 心もとめて名も知らぬ 街など今日(けふ)もさまよひて来ぬ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
あまりある 才を抱(いだ)きて妻のため おもひわづらふ友をかなしむ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
あめつちに わが悲しみと月光と あまねき秋の夜となれりけり
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
【補足】「あめつち」とは、「天と地」「全世界」を意味します。
雨降れば わが家の人誰も誰も 沈める顔す雨霽(は)れよかし
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
あらそひて いたく憎みて別れたる 友をなつかしく思ふ日も来ぬ
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
石をもて 追はるるごとくふるさとを 出でしかなしみ消ゆる時なし
【歌集】一握の砂(煙 二)
【補足】「ふるさと」とは岩手の渋民村(しぶたみむら)のことで、この地名が含まれた歌が後出します。
いつか是非、出さんと思ふ本のこと、表紙のことなど、妻に語れる。
【歌集】悲しき玩具
何処(いづく)やらむ かすかに虫のなくごとき こころ細さを今日もおぼゆる
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
いつしかに夏となれりけり。やみあがりの目にこころよき雨の明るさ!
【歌集】悲しき玩具
一隊の 兵を見送りてかなしかり 何ぞ彼等のうれひ無げなる
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
いつなりけむ 夢にふと聴きてうれしかりし その声もあはれ長く聴かざり
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
【補足】「いつになりけむ」とは、「いつだったろう」「いつ(のこと)であったろう」の意です。
いのちなき 砂のかなしさよさらさらと 握れば指のあひだより落つ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】この歌は啄木の短歌のなかでも特に有名なもので、「一握の砂」を代表する歌といえます。
今は亡き 姉の恋人のおとうとと なかよくせしをかなしと思ふ
【歌集】一握の砂(煙 一)
薄れゆく 障子の日影そを見つつ こころいつしか暗くなりゆく
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
【補足】そを見つつ…の「そ」は、「それ」と同じです。
うっとりと本の挿絵(さしゑ)に眺め入り、煙草(たばこ)の煙吹きかけてみる。
【歌集】悲しき玩具
縁先にまくら出させて、ひさしぶりに、ゆふべの空にしたしめるかな。
【歌集】悲しき玩具
【補足】「ゆふべ」は「夕方」の意味です。
おそらくは 生涯妻をむかへじと わらひし友よ今もめとらず
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
己(おの)が名を ほのかに呼びて涙せし 十四の春にかへる術(すべ)なし
【歌集】一握の砂(煙 一)
【補足】術とは、方法や手段のことです。
親と子と はなればなれの心もて 静かに対(むか)ふ気まづきや何(な)ぞ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
鏡屋の 前に来てふと驚きぬ 見すぼらしげに歩むものかも
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】最後の「かも」は詠嘆を表します。
かくばかり 熱き涙は初恋の 日にもありきと泣く日またなし
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
【補足】「かくばかり」とは、「これほどに」「こんなにも」の意です。
かなしきは かの白玉(しらたま)のごとくなる 腕に残せしキスの痕(あと)かな
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
かなしきは 喉(のど)のかわきをこらへつつ 夜寒の夜具にちぢこまる時
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
かにかくに 渋民村は恋しかり おもひでの山おもひでの川
【歌集】一握の砂(煙 二)
【補足】「かにかくに」は「あれこれと、とにかくも」という意味です。
かの時に 言ひそびれたる大切の 言葉は今も胸にのこれど
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
君に似し 姿を街に見る時の こころ躍りをあはれと思へ
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
【補足】「躍り」の読み方は「おどり」です。
今日もまた胸に痛みあり。死ぬならば、ふるさとに行(ゆ)きて死なむと思ふ。
【歌集】悲しき玩具
薬のむことを忘れて、ひさしぶりに、母に叱られしをうれしと思へる。
【歌集】悲しき玩具
こころよき 疲れなるかな息もつかず 仕事をしたる後(のち)のこの疲れ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
こころよく 春のねむりをむさぼれる 目にやはらかき庭の草かな
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
古文書(こもんじよ)の なかに見いでしよごれたる 吸取紙(すひとりがみ)をなつかしむかな
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
児を叱れば、泣いて、寝入りぬ。口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。
【歌集】悲しき玩具
先んじて 恋のあまさとかなしさを 知りし我なり先んじて老ゆ
【歌集】一握の砂(煙 一)
さりげなく 言ひし言葉はさりげなく 君も聴きつらむそれだけのこと
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
【補足】「聴きつらむ」とは「聴いているだろう」という意味です。
しっとりと なみだを吸へる砂の玉 なみだは重きものにしあるかな
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】「重きものにし」は、「し」が「重きもの」を強調しています。
死ぬまでに 一度会はむと言ひやらば 君もかすかにうなづくらむか
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
【補足】「うなづくらむか」は「うなづいているだろうか」という意味です。
しらしらと 氷かがやき千鳥なく 釧路の海の冬の月かな
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
【補足】初出は次の歌でした。
しらしらと 氷かがやき千鳥なく 釧路の海も思出にあり
水晶の 玉をよろこびもてあそぶ わがこの心何(なに)の心ぞ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
すこやかに、背丈のびゆく子を見つつ、われの日毎にさびしきは何(な)ぞ。
【歌集】悲しき玩具
すずしげに 飾り立てたる硝子屋(ガラスや)の 前にながめし夏の夜の月
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
砂山の 砂に腹這ひ初恋の いたみを遠くおもひ出づる日
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
寂莫を 敵とし友とし雪のなかに 長き一生を送る人もあり
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
【補足】寂寞(せきばく)とは、ひっそりと、物寂しい様子を表現する言葉です。
そのかみの 愛読の書よ大方は 今は流行(はや)らずなりにけるかな
【歌集】一握の砂(煙 一)
【補足】「そのかみ」とは、「そのころ、当時」という意味です。
大海に むかひて一人七八日 泣きなむとすと家を出でにき
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】「泣きなむとすと家を出でにき」は「泣こうとして(思って)家を出た」という意味です。
大という 字を百あまり砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
ダイナモの 重き唸(うな)りのここちよさよ あはれこのごとく物を言はまし
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】ダイナモとは、発電機の別名です。
高きより 飛びおりるごとき心もて この一生を終るすべなきか
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】「すべ(術)」は「方法、手段」の意味です。
ただひとり 泣かまほしさに来て寝たる 宿屋の夜具のこころよさかな
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】「泣かまほしさに」は「泣きたいものだから、泣きたいばかりに」という意味です.
ただ一人のをとこの子なる我はかく育てり。父母もかなしかるらむ。
【歌集】悲しき玩具
たはむれに 母を背負ひてそのあまり 軽(かろ)きに泣きて三歩あゆまず
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】啄木の母・カツは、体の弱い息子が丈夫になる事を願って肉を食べる事を絶ったといわれています。
茶まで断ちて、わが平復を祈りたまふ母の今日また何か怒れる。
【歌集】悲しき玩具
ぢりぢりと、蝋燭(らふそく)の燃えつくるごとく、夜となりたる大晦日かな。
【歌集】悲しき玩具
つくづくと 手をながめつつおもひ出でぬ キスが上手の女なりしが
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
【補足】「東海の小島」は日本を意味するともいわれています。また、この歌の原風景は青森の大間崎の沖の「弁天島」ともされています。(大間崎の石川啄木の歌碑の説明)
遠くより 笛の音きこゆうなだれて ある故やらむなみだ流るる
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
時ありて 子供のやうにたはむれす 恋ある人のなさぬ業(わざ)かな
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
何処(どこ)やらに 若き女の死ぬごとき 悩ましさあり春の霙(みぞれ)降る
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
何もかも 行末の事みゆるごとき このかなしみは拭(ぬぐ)ひあへずも
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
寝つつ読む本の重さにつかれたる手を休めては、物を思へり。
【歌集】悲しき玩具
はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし) 楽にならざりぢっと手を見る
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
放たれし 女のごときかなしみを よわき男の感ずる日なり
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
春の街 見よげに書ける女名(をんなな)の 門札(かどふだ)などを読みありくかな
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
【補足】門札とは、住んでいる者の氏名を書いて門に掛けておく札のことです。
春の雪みだれて降るを熱のある目にかなしくも眺め入りたる。
【歌集】悲しき玩具
ひでり雨 さらさら落ちて前栽(せんざい)の 萩のすこしく乱れたるかな
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
【補足】ひでり雨(日照り雨)とは、日が射しているのに降る雨のことで、「天気雨」「狐の嫁入り」ともいいます。
ひと塊(くれ)の 土に涎し泣く母の 肖顔(にがほ)つくりぬかなしくもあるか
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
病院に来て、妻や子をいつくしむまことの我にかへりけるかな。
【歌集】悲しき玩具
二三(ふたみ)こゑ いまはのきはに微かにも 泣きしといふになみだ誘はる
【歌集】一握の砂(手套を脱ぐ時)
【補足】「いまはのきは(今際の際)」とは、「死に際」「臨終のとき」の意です。
ふるさとの 空遠みかも高き屋(や)に ひとりのぼりて愁(うれ)ひて下くだる
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
ふるさとの 父の咳する度たびに斯(か)く 咳の出づるや病めばはかなし
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
ふるさとの 訛(なまり)なつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きにゆく
【歌集】一握の砂(煙 二)
ふるさとの 麦のかをりを懐かしむ 女の眉にこころひかれき
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
ふるさとの 山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな
【歌集】一握の砂(煙 二)
ふるさとを出いでて五年(いつとせ)、病をえて、かの閑古鳥を夢にきけるかな。
【歌集】悲しき玩具
【補足】「閑古鳥」はカッコウの別名です。
燈影(ほかげ)なき 室(しつ)に我あり父と母 壁のなかより杖つきて出いづ
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
ほとばしる 喞筒(ポンプ)の水の心地よさよ しばしは若きこころもて見る
【歌集】一握の砂(煙 一)
頬につたふ なみだのごはず一握の 砂を示しし人を忘れず
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
まくら辺に子を坐らせて、まじまじとその顔を見れば、逃げてゆきしかな。
【歌集】悲しき玩具
水潦(みづたまり) 暮れゆく空とくれなゐの 紐を浮べぬ秋雨の後(のち)
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
胸いたむ日のかなしみも、かをりよき煙草の如(ごと)く、棄てがたきかな。
【歌集】悲しき玩具
目になれし 山にはあれど秋来れば 神や住まむとかしこみて見る
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
ものなべて うらはかなげに暮れゆきぬ とりあつめたる悲しみの日は
【歌集】一握の砂(秋風のこころよさに)
【補足】「なべて」とは、「すべて、総じて、一般に」という意味です。
やはらかに 積れる雪に熱てる頬を 埋づむるごとき恋してみたし
【歌集】一握の砂(我を愛する歌)
やはらかに 柳あをめる北上の 岸辺目に見ゆ泣けとごとくに
【歌集】一握の砂(煙 二)
山の子の 山を思ふがごとくにも かなしき時は君を思へり
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
夢さめて ふっと悲しむわが眠り 昔のごとく安からぬかな
【歌集】一握の砂(煙 一)
よりそひて 深夜の雪の中に立つ 女の右手(めて)のあたたかさかな
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
わが恋を はじめて友にうち明けし 夜のことなど思ひ出づる日
【歌集】一握の砂(煙 一)
わがこころ けふもひそかに泣かむとす 友みな己(おの)が道をあゆめり
【歌集】一握の砂(煙 一)
わが妻の むかしの願ひ音楽の ことにかかりき今はうたはず
【歌集】一握の砂(煙 一)
わが庭の 白き躑躅(つつじ)を薄月の 夜に折りゆきしことな忘れそ
【歌集】一握の砂(煙 二)
【補足】「な~そ」は「~しないでくれ」という意味です。
わかれ来て 年を重ねて年ごとに 恋しくなれる君にしあるかな
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 二)
わかれ来て ふと瞬(またた)けばゆくりなく つめたきものの頬をつたへり
【歌集】一握の砂(忘れがたき人人 一)
わかれをれば 妹(いもと)いとしも赤き緒(を)の 下駄など欲しとわめく子なりし
【歌集】一握の砂(煙 二)
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