3月の短歌・和歌 20選 -仲春-
3月の初めには寒さもまだ残っていますが、少しずつ春を感じさせるようなことにも出会い始めます。
そして、3月も終わりに近づいてくると、春を待ちきれないような気持ちに満たされるようになります。
このページには、3月特有の風物・光景や心境などが詠み込まれた短歌・和歌を集めましたので、是非とも鑑賞して味わってみて下さい。
目次
- 1 3月の短歌 10選
- 1.1 かしこしや 賤が伏家の内裏雛 御酒奉る餅たてまつる
- 1.2 くれなゐの 桃のつぼみを思ひつつ 薬をのみぬ病める三月
- 1.3 七人の 娘持ちたる賤が家の 雛すくなく桃の花も無し
- 1.4 なきつれて かへる雁がねきこゆなり わが古さとの花も咲くらむ
- 1.5 にはたづみ 溢るる見ればこの朝の 雨暖かくなりにけるかも
- 1.6 春の雪 おほくたまれり旅立たむ 心しづまり炉にあたり居り
- 1.7 春の雷 いみじく鳴りてすぎしあと 暗き湖べにわれひとり立つ
- 1.8 古雛を かざりひゝなの繪を掛けし その床の間に向ひてすわりぬ
- 1.9 眞白なる 色てりかへす時ありて 春の彼岸の来むかふ山山
- 1.10 やはらかに 心の濡るる三月の 雪解の日より紫を着る
- 2 3月の和歌 10選
- 2.1 いざ今日は 春の山べにまじりなむ 暮れなばなげの花のかげかは
- 2.2 折りつれば たぶさにけがる立てながら 三世の仏に花たてまつる
- 2.3 霞たち このめも春の雪ふれば 花なきさとも花ぞちりける
- 2.4 心にも あらぬわかれの名残りかは 消えてもをしき春の雪かな
- 2.5 たづのすむ 沢べの蘆の下根とけ 汀もえいづる春は来にけり
- 2.6 ながむれば かすめる空の浮雲と ひとつになりぬ帰る雁がね
- 2.7 花の木に あらざらめども咲きにけり 古りにしこのみなる時もがな
- 2.8 春来れば 雁かへるなり白雲の 道ゆきぶりにことやつてまし
- 2.9 もえいづる 木の芽を見ても音をぞなく 枯れにし枝の春をしらねば
- 2.10 雪きえば ゑぐの若菜もつむべきに 春さへはれぬ深山べの里
3月の短歌 10選
それでは、近代(明治)以降の歌で「3月の短歌」としてふさわしいものからみていきましょう。
かしこしや 賤が伏家の内裏雛 御酒奉る餅たてまつる
【作者】正岡子規(まさおか しき)
くれなゐの 桃のつぼみを思ひつつ 薬をのみぬ病める三月
【作者】与謝野晶子(よさの あきこ)
七人の 娘持ちたる賤が家の 雛すくなく桃の花も無し
【作者】正岡子規
なきつれて かへる雁がねきこゆなり わが古さとの花も咲くらむ
【作者】樋口一葉(ひぐち いちよう)
にはたづみ 溢るる見ればこの朝の 雨暖かくなりにけるかも
【作者】土田耕平(つちだ こうへい)
春の雪 おほくたまれり旅立たむ 心しづまり炉にあたり居り
【作者】島木赤彦(しまき あかひこ)
春の雷 いみじく鳴りてすぎしあと 暗き湖べにわれひとり立つ
【作者】古泉千樫(こいずみ ちかし)
古雛を かざりひゝなの繪を掛けし その床の間に向ひてすわりぬ
【作者】長塚節(ながつか たかし)
眞白なる 色てりかへす時ありて 春の彼岸の来むかふ山山
【作者】斎藤茂吉(さいとう もきち)
やはらかに 心の濡るる三月の 雪解の日より紫を着る
【作者】与謝野晶子
3月の和歌 10選
次に、近代(明治)よりも前の歌で「3月の和歌」としてふさわしいものをみていきましょう。
なお、三十六歌仙については、こちらのページをご覧になってください。
いざ今日は 春の山べにまじりなむ 暮れなばなげの花のかげかは
【現代語訳】さあ、今日は春の山辺に入り込もう。(日が)暮れれば無くなってしまう花の影(=姿、形)なのだろうか(いや、そのようなことはない)
【詞書】雲林院のみこのもとに、花見に北山のほとりにまかれりける時によめる
【作者】素性(そせい)
【採録】古今和歌集(こきんわかしゅう)、新撰和歌集(しんせんわかしゅう)、定家八代抄(さだいえはちだいしょう)など
【派生歌】今いくか 春の山べにまじりても 花の色にはあかずぞあらまし (花山院長親)
【補足】素性は、三十六歌仙の一人です。
折りつれば たぶさにけがる立てながら 三世の仏に花たてまつる
【現代語訳】折ってしまえば、(私の)手によって穢れてしまいます。(地に)立っているまま(の姿)で三世(さんぜ=前世・現世・来世)の仏様に花を差し上げます。
【詞書】やよひばかりの花の盛りに、道まかりけるに
【作者】遍昭(へんじょう)
【採録】後撰和歌集(ごせんわかしゅう)、古来風躰抄(こらいふうていしょう)など
【補足】遍照は、三十六歌仙の一人です。
霞たち このめも春の雪ふれば 花なきさとも花ぞちりける
【現代語訳】霞(かすみ)が立ち、木の芽も張ってくる春の雪が降れば、花がない里も花が散っている(ように見える)
【詞書】雪のふりけるをよめる
【作者】紀貫之(きのつらゆき)
【採録】古今和歌集、定家八代抄など
【派生歌】霞たち このめ春雨きのふまで ふるのの若菜けさはつみてむ (藤原定家)
【補足】貫之は、三十六歌仙の一人です。
心にも あらぬわかれの名残りかは 消えてもをしき春の雪かな
【現代語訳】本意ではない別れの名残りなのだろうか、消えてしまうのが惜しい春の雪だなあ…
【作者】藤原定家(ふじわらのさだいえ、ていか)
【補足】定家は、小倉百人一首の撰者です。
たづのすむ 沢べの蘆の下根とけ 汀もえいづる春は来にけり
【現代語訳】鶴が住む沢辺の蘆(あし)の下根(したね=下に隠れている根)が解けて、汀(みぎわ)の草木が芽を出す春がやって来た
【詞書】天暦三年、太政大臣の七十賀しはべりける屏風によめる
【作者】大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)
【採録】後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)など
【補足】能宣は、三十六歌仙の一人です。
ながむれば かすめる空の浮雲と ひとつになりぬ帰る雁がね
【現代語訳】眺めれば、霞んだ空の浮雲と一つになった(ように見える、北へ)帰る雁…
【詞書】帰雁のこころをよみ侍りける
【作者】藤原良経(ふじわらのよしつね)
【採録】千載和歌集(せんざいわかしゅう)
【派生歌】ながめつる よもの木末のむら霞 ひとつになりぬ春雨の雲 (慈円)
花の木に あらざらめども咲きにけり 古りにしこのみなる時もがな
【現代語訳】花の(咲く)木ではありませんが、めど(=木の名前)も(このように)咲きました。古くなってしまった木の実(そして私の身)の成る時があると良いのですが…
【詞書】二条の后、春宮の御息所と申しけるときに、めどに削り花させりけるを詠ませたまひける
【作者】文屋康秀(ふんやのやすひで)
【採録】古今和歌集
【補足】康秀は、六歌仙及び中古三十六歌仙の一人です。
春来れば 雁かへるなり白雲の 道ゆきぶりにことやつてまし
【現代語訳】春が来れば雁は(北へ)帰ってゆく。白雲の道中のついでに言伝(ことづて)をしたいものだ
【詞書】雁の声を聞きて、越にまかりける人を思ひてよめる
【作者】凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)
【採録】古今和歌集、古来風躰抄など
【補足】躬恒は、三十六歌仙の一人です。
もえいづる 木の芽を見ても音をぞなく 枯れにし枝の春をしらねば
【現代語訳】萌え出る木の芽を見ても、(私は)声を上げて泣いています。枯れてしまった枝が春を知らないように…
【作者】兼覧王女(かねみおう、かねみのおおきみ)
【採録】後撰和歌集
雪きえば ゑぐの若菜もつむべきに 春さへはれぬ深山べの里
【現代語訳】雪が消えれば、ゑぐ(=多年草の名前)の若菜も摘むことができるのに… 春でも晴れない山深くの里…
【作者】曾禰好忠(そねのよしただ )
【採録】詞花和歌集(しかわかしゅう)
【補足】好忠は、中古三十六歌仙の一人です。
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