ちはやぶるの意味は? ちはやふるとは違いますか?
和歌における「ちはやぶる」という言葉は、聞き慣れない現代の私たちにとって何かしら不思議な響きを持っています。
しかし、万葉の時代や平安時代などには、和歌を詠む際には普通に使われていたものです。
このページでは、「ちはやぶる」とはそもそも何なのか、どのような意味を持っているのか、「ちはやふる」との違いなどについてみていきましょう。
目次
ちはやぶるとは?
「ちはやぶる」は枕詞(まくらことば)で、「神」や「宇治(うじ)」などにかかります。
具体的には、「ちはやぶる」が使われている歌として次のようなものが挙げられます。
ちはやぶる 神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
ちはやぶる 宇治の橋守なれをしぞ あはれとは思ふ年のへぬれば
このようにセットで用いられるので、枕詞が普通に使われていた時代の人が「ちはやぶる」と聞いた場合、「ちはやぶる ⇒ 神~」あるいは「ちはやぶる ⇒ 宇治~」という連想が行なわれていたはずです。
枕詞は 1100以上のものがあるといわれていますが、ちはやぶる以外で有名なものをいくつかみてみましょう。
枕詞 | かかる語 | |
あかねさす (茜) |
→ | 日、昼、紫、 君、照る |
あしひきの (足引) |
→ | 山、峰、 尾の上(をのへ) |
あづさゆみ (梓弓) |
→ | 引く、射る、張る、 音、本(もと)、末 |
あらたまの (新玉、荒玉) |
→ | 年、月、日 、春 |
あをによし (青丹) |
→ | 奈良、国内(くぬち) |
うつせみの (空蝉、現身) |
→ | 世、人、身、命、 むなし、わびし |
からにしき (唐錦) |
→ | 織る(おる)、 裁つ(たつ) |
しきしまの (敷島) |
→ | 大和(やまと)、 日本、世 |
しらつゆの (白露) |
→ | たま、おく |
しろたへの (白妙、白栲) |
→ | 衣、袖、袂、紐、 雪、雲、波、浜、 藤(ふぢ)、富士 |
たらちねの (垂乳根) |
→ | 母、親 |
ぬばたまの (射干玉) |
→ | 黒、夜、夕べ、 月、夢、髪 |
ひさかたの (久方) |
→ | 天(あめ、あま)、 雨、月、雲、空、光 |
もののふの (武士) |
→ | 八十(やそ)、 五十(い)、矢 |
※枕詞のカッコ書きの漢字は参考として下さい
※かかる語は、表中のものがすべてではありません
ちはやぶるの意味は?
次に「ちはやぶる」の意味を確認していきましょう。
百人一首の「ちはやぶる」
ちはやぶるで有名なのは、前出の在原業平(ありわらのなりひら)の和歌でしょう。古今和歌集に収録され、百人一首にも選出されています。
ちはやぶる 神代(かみよ)も聞かず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
現代語訳(私訳)をつければ、
(日本)神話の時代でさえも聞いたことがない(ほどだ)
竜田川の水面が(川面に散った紅葉によって)唐紅(=韓紅:濃い紅の色、深紅の色)の括り染め(くくりぞめ=布の一部を糸でくくり、その部分を白く残す染め方)のように見えるのは
という内容になります。
この訳では枕詞の「ちはやぶる」を現代語に置き換えていませんし、神代… 以降の部分を訳したものと同じになっています。
これは、あえてそのように訳したのではなく、次のような枕詞の一般的な性質によるものです。
【枕詞は特定の言葉を導くが、歌の意味とは直接の関係がない】
ただし、平安時代より前の万葉集などでは、枕詞として使われている言葉が意味を持つことも多いので注意が必要です。
古今和歌集の「ちはやぶる」
もう一つ和歌を古今和歌集から選んでみましょう。
ちはやぶる 神の斎垣(いがき)にはふ葛(くず)も 秋にはあへずうつろひにけり
これは紀貫之(きのつらゆき)の歌で、現代語訳(私訳)は次にようになるでしょう。
神社の垣根に這う葛(の葉)も、秋には耐えきれずに色が変わってしまった
やはりこのように、「ちはやぶる」に意味を持たせた訳ではなく、むしろ無視しているような訳となります。
時代が下がって、近代の短歌の場合でも、枕詞の性質には変わりがありません。次の句は、歌人・斎藤茂吉の歌で「ちはやぶる」が使われているものです。
ちはやぶる 神ゐたまひてみ湯の涌く 湯殿の山を語ることなし
落語の「ちはやふる(千早振る)」
「ちはやふる(清音)」で有名なものとして、この題名の古典落語があります。
内容は、先の在原業平の和歌の意味を聞かれた隠居が、知らないとは言えずに次のようなでまかせの解釈をするというものです。
【千早振る】
竜田川という名の力士が「千早」という花魁(おいらん)に惚れるが、振られてしまう。
【神代も聞かず竜田川】
次に「神代」という花魁に目を付けるが、こちらも竜田川の言うことを聞かない。
【(お)からくれないに水くぐる】
竜田川は成績が悪くなり、力士をやめて実家の豆腐屋を継ぐ。数年後に落ちぶれて乞食(こじき)となった千早が、偶然にも豆腐屋(竜田川)におからを恵んでくれるよう頼む。しかし竜田川は怒ってこれを断り、千早は井戸に飛び込んで入水自殺をする。
【とわ】
千早とは源氏名で、本名は「とわ」であった。
枕詞に意味を持たせた強引な解釈ですが、こういう解釈もできるかという気にさせるところに面白さを感じます。
「ちはやぶる」と「ちはやふる」のどちらが正しい?
「ちはやぶる(清音)」と「ちはやふる(濁音)」、つまり 4文字目の発音がどちらなのかについて考えてみましょう。
現代においては、「ちはやぶる」と濁った発音とするのが主流となっています。これは、50年ほど前に発行された多くの国語辞典でも確認できます。
しかし、大正6年に発刊された『小倉百人一首 標準かるたの取方(東京かるた選手会編)』には、百人一首の在原業平の和歌は「千早ふる」で表記されています。
また、江戸時代の落語では清音で発音されていたと推測されていますし、宣教師たちが用いた室町時代の『日甫辞書』の記載には「チワヤフル」があります。
この言葉を耳にする場合、濁らない発音の「ちはやふる」の方がやさしい印象を受けるという人は多いようです。
逆に万葉集の時代には濁音であったとされており、これが現代で「ちはやぶる」と読まれることに結びついています。
そして、平安時代になってから清音と混在するようになったのではないかといわれています。しかし、そこまで遡ると発音の問題なので、確定することは困難といえるでしょう。
まとめ
- 「ちはやぶる」は枕詞で、「神」「宇治」などにかかります。
- 枕詞として使われている「ちはやぶる」は、特に意味を持ちません。
- 「ちはやぶる(清音)」と「ちはやふる(濁音)」の発音は、時代によって混在していますが、現代では「ちはやぶる」と濁った発音が主流です。
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