『いとおかし』の意味って5つもあるのですか?
「いとおかし(をかし)」という言葉には、なかなか奥深いと思わせるものがあります。
意味はこれ、といったように一つに絞り切れないのも、奥深さを感じる要因となっています。
そして、平安時代の『枕草子』などの作品を味わうには欠かせないキーワードでもあるので、このページでは「いとおかし」の意味について、詳しくみていくことにしましょう。
目次
「おかし(をかし)」とは?
おかし(をかし)とは、平安時代の『枕草子(まくらのそうし)』などで多くみられる、美に対する感嘆、称賛などを表わす言葉です。
語源は、「愚かなもの」を表わす「をこ(尾籠、烏許、痴)」に由来するといわれています。
平安時代の文学においては、「をかし」と「もののあはれ」が重要な概念とされています。「をかし」は明るく知性的な美と言われるのに対し、「もののあはれ」はしみじみとした情緒の美と表現されます。
どちらの言葉も「趣(おもむき)がある」と訳されることがあるので似ていますが、本質的には違った概念です。
「いとおかし」の意味は?
「いと」は、「とても、非常に」という意味を持つ言葉です。「いとおかし(をかし)」を考える場合に問題となるのは、後半の「をかし」です。
平安時代の文学で使われていた「をかし」の意味は、現代の「おかしい」が持つ「こっけいな」といったものとは違います。
「をかし」は一般的には「趣(おもむき)がある」と現代語に訳されますが、これだけではカバーできない多くの意味を持った言葉です。
それらの様々な意味を、例文とともにみていきましょう。取り上げた文学作品は、時代の古いものから新しいものへと並べました。
1 美しい、きれいな、愛らしい
けづることをうるさがり給(たま)へど、をかしの御髪や
『源氏物語 若紫』
【現代語訳】
髪をとかすのを嫌がるけれど、美しい御髪(おぐし)ですねえ
「をかし」のそもそもの意味は、このように「美」を表現するものだったと考えられています。
2 すばらしい、優れた、見事な
笛をいとをかしく吹き澄まして、過ぎぬなり
『更級日記 大納言殿の姫君』
【現代語訳】
笛をとても見事に吹き鳴らして、立ち去ってしまったようだ
「美しく、きれいに」とも解釈できますが、「をかし」の意味が少し広がりを持ってきていると感じられる文章です。
3 趣がある、風情がある
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし
『枕草子 春はあけぼの』
【現代語訳】
また、ただ一つ二つと、かすかに光って飛んでいるのも趣がある
雨など降るもをかし
『枕草子 春はあけぼの』
【現代語訳】
雨などが降るのも風情がある
『枕草子』は「をかしの文学」といわれるように、このように「をかし」という表現が多くみられます。「風情(ふぜい)がある」と言い換えても変わりがありません。
4 興味深い、おもしろい
をかしきことにもあるかな
『竹取物語』
【現代語訳】
興味深いことだなあ
また、野分の朝(あした)こそをかしけれ
『徒然草』
【現代語訳】
また、大風の翌日は興味深いものがある
意味が「趣がある」から「興味深い」へと変化し、最初の「うつくしい、きれいな」からは少しずつ離れてきています。
5 こっけいな、おかしい
妻、をかしと思ひて、笑ひてやみにけり
『今昔物語集』
【現代語訳】
妻は「こっけいだ」と思って、笑って(夫を責めるのを)やめてしまった
現在の私たちが使っている「おかしい」の意味と、とても近いといえるでしょう。そして、室町時代以降に意味は「こっけいな、おかしい」が主要なものとなっていきました。
これが、江戸時代になると「滑稽本」などで広く一般に定着し、現在の「おかしい、おもしろい」に至ったと考えられます。
まとめ
- 「をかし」とは、平安時代の『枕草子(まくらのそうし)』などで多くみられる、美に対する感嘆、称賛などを表わす言葉です。
- 「もののあはれ」がしみじみとした情緒の美と言われるのに対し、「をかし」は明るく知性的な美と表現されます。
- 「をかし」の意味は、時代とともに少しずつ変化してきました。それらを古い順に並べると、次の 5つの意味となります。
1 | 美しい、きれいな、愛らしい |
2 | すばらしい、優れた、見事な |
3 | 趣がある、風情がある |
4 | 興味深い、おもしろい |
5 | こっけいな、おかしい |
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