お彼岸はいつから?【2018年版】

牡丹餅

お彼岸(ひがん)、あるいは春分の日・秋分の日と聞くと、私はお供え物が真っ先に思い浮かびます。

子供の頃には、おはぎやぼたもちが目当てでお墓参りに行っていました。

しかし当時は、お彼岸が年に春と秋の2回ある理由もわからなかったし、いつからいつまでなのかも分かりにくいものでした。

今になっても、お彼岸のそのもの意味となると、少し考えてしまうようなところがあります。

そこで、このページでは、お彼岸がいつからいつまでかを確認し、「彼岸」の意味や由来、お供え物などについてまとめました。

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お彼岸はいつからいつまで?

まず、お彼岸の日にちを確認しておきましょう。

以下の表は2018年(平成30年)のものです。

春彼岸(3月)
入り 18(日)
  19(月)
  20(火)
春分 21(水)
  22(木)
  23(金)
明け 24(土)

* 3月21日が春分の日(お中日)です。

 

秋彼岸(9月)
入り 20(木)
  21(金)
  22(土)
秋分 23(日)
  24(月)
  25(火)
明け 26(水)

* 9月23日が秋分の日(お中日)、24日は振替休日です。

 

これらの表にもとづいて、みていきましょう。

  • 彼岸は春分の日・秋分の日を中日(ちゅうにち)として、前後の3日間を合せた7日間をいいます。
  • 彼岸は春と秋を合せて、1年に14日間あります。
  • 彼岸の最初の日を「彼岸の入り」、最期の日を「彼岸明け」といいます。
  • 彼岸に行なう仏事(ぶつじ=法要、法事)を彼岸会(ひがんえ)といいます。

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お彼岸の意味と由来

春分の日と秋分の日は、昼と夜の長さが同じになります。

この日を境に季節が変わってゆくことから、「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるようになりました。

そしてこの日には、太陽が真東から昇って真西に沈みます。

古くから、西のはるか彼方には極楽浄土(ごくらくじょうど、西方浄土ともいいます)があると信じられていました。

現世(げんせ)で生を終えた後の世界が極楽浄土と考えたのです。そして、真西に沈む太陽を拝んで極楽浄土に思いをはせたのが彼岸のはじまりです。

それはいつしか、生を終えていった祖先を供養する行事として定着したのです。

この「彼岸」は日本独自の仏教行事であり、はじまったのは平安時代といわれています。

菊の花

 

お彼岸のお供え物

お彼岸のお供え物といえば、代表的なのは何といってもぼたもちおはぎです。

しかし、この2つは同じもので、季節によって呼びかたが違うだけなのです。

 

春・秋の場合

春には、この時期咲く牡丹(ぼたん)の花にちなんで牡丹餅(ぼたもち)と呼び、秋には同様に萩の花にちなんで御萩(おはぎ)と呼びます。

このあたりは洒落ているし、日本らしくていいですね。

牡丹の花

牡丹の花

 

萩の花

萩の花

そして春・秋だけでなく、夏と冬にもそれぞれの呼びかたがあります。

これらは花の名前とは関係がなく、ぼたもち・おはぎが「餅をつかないで作られる」ことから名づけられています。

 

夏の場合

餅をつかない

⇒ いつ、つ(着)いたかわからない

⇒ 夜船(よふね) … 夜に船が着いてもわからない

 

冬の場合

餅をつかない

⇒ つき(月)知らず

⇒ 北窓(きたまど) … 北の方角には月が見えない

 

同じものなのに、季節によって ぼたもち(春) ⇒ よふね(夏) ⇒ おはぎ(秋) ⇒ きたまど(冬)と呼びかたが変わるのは、何ともおもしろいですね。

きな粉牡丹餅

 

まとめ

  • お彼岸は、春分の日・秋分の日をお中日として、前後の3日間を合せた7日間をいいます。
  • お彼岸の最初の日を入り、最後の日を明けといいます。
  • 彼岸は極楽浄土に対する思想からはじまり、いつしか祖先を供養する行事として定着しました。
  • 彼岸は日本独自の仏教行事で、平安時代にはじまったといわれています。
  • 供え物 は牡丹餅 御萩 には夜船 の北窓

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